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 『華厳五教章』施設異相第八
 
 
   総   説
   一.時 異 (時間の相違)
   二.処 異 (場所の相違)
   三.主 異 (教主の相違)
   四.衆 異 (随衆の相違)
   五.所依異 (依り所の相違)
   六.説 異 (説き方の相違)
   七.位 異 (境位の相違)
   八.行 異 (実践の相違)
   九.法門異 (教えの相違)
   十.事 異 (事物に対する解釈の相違)
 
 
<訓読>
 
●総説
施設異相第八。
然るに此の異相、事に随いて繁多なり。訳するに十門を以てし、以て無尽を顕す。何者か十異なる。
 
●1.時異
 一には時の異なり。謂く、此の一乗は要ず初時第二七日に在りて説く。猶お日の出でて先ず高山を照らすが如き等なり。故に論に云く、「此の法勝れたるが故に初時及び勝処に在りて説く」と。
 若し爾らば何が故に初七日と説かざるや。「思惟行因縁行等」と。論に釈するが如し。
 又た此れ即ち是の時因陀羅等の故に即ち一切を摂す。若しは前、若しは後、各々不可説劫なり。前後際に通じて、竝に此の一時の中に摂在す。
三乗等は爾らず。機宜に随逐して時不定なるを以ての故に。或いは前あり、或いは後あり、亦た一時に一切劫等を収めざるなり。
 
●2.処異
 二には処の異なり。謂く、此の一乗は要ず蓮華蔵世界海の衆宝菩提樹下に在りて、即ち七処八会等、及び余の不可説不可説の諸の世界海を摂し、竝に此の中に在り。一処に一切処を摂するを以ての故に。是の故に、道樹を動かずして遍く六天に昇る等とは、是れ此の義なり。又た此の華藏界は因陀羅に通じるが故に、諸塵に周側す(寄り添う)。此の称法界の処に於いて彼の一乗称法界の法門を説くなり。
 三乗等は即ち爾らず。娑婆界の木樹等の処に在りて、亦た一処則ち一切処等無し。
 問う、若し爾らば何が故ぞ、仏地経等も亦た浄土の中に在りて説くや。答う、彼の経には但だ光曜たる宮殿等在りて十八種の円満を具すと云いて、亦た別して摩竭国等を指さず。彼は地上の菩薩の為に仏地の功徳を説くを以ての故に、三界の外の受用土の中に在り。此れは三乗終教、及び一乗同教に依りて説く。而るに此の華厳は皆な華藏界の内の摩竭国等に在りと云いて、娑婆の内とも云わず。故に知りぬ、別なりと。余の義は準じて知るべし。
 
●3.主異
 三には主の異なり。謂く、此の一乗は要ず盧遮那十身の仏、及び三世間を尽くして説く。三乗等の変化身、及び受用身等の説には同ぜず。余の義は前に準じて之れを知るべし。
 
●4.衆異
 四には衆の異なり。謂く、、此の一乗は経の首に唯だ普賢等の菩薩、及び仏境界の中の諸神王衆を列ぬるのみ。三乗等の或いは唯だ声聞衆、或いは大小二乗等のみなるには同ぜず。
 問う、若し爾らば何が故ぞ、第八会の中に声聞衆有るや。答う、彼の中に初に声聞を列ぬる意は、寄対して法を顕さんが為の故に。彼は如聾如盲なるを以て法の深勝を顕わすが故なり。後の六千の比丘等は此の声聞に非ず。海幢比丘等の如し。之れに準ぜよ。
 
●5.所依異
 五には所依の異なり。謂く、此の一乗は、教の起こること要らず仏の海印三昧の中に依りて出ず。三乗等の仏の後得智に依りて出ずるには同ぜず。
 
●6.説異
 六には説の異なり。謂く、此の一乗は、此の一方に一事・一義・一品・一会を説く時、必ず十方一切の世界に結通するを以て、皆な此の説に同じ、主伴を具足して共に一部を成ず。是の故に、此の経は一文一句に随いて皆な十方に遍じ、多文多句も亦た十方に遍ず。
 三乗等は即ち爾らず。但だ一方一相に随いて説くのみにて、此の主伴該通等は無きなり。
 
●7.位異
 七には位の異なり。謂く、此の一乗、あらゆる位相は上下皆な斉しく、仍(よ)りて一一の位の中に一切の位を摂す。是の故に、乃(いま)し仏等の諸位に至るまで、信等の位の中に在り。余位も亦た然なり。
 三乗の中には即ち爾らず。但だ当位に随いて上下の階降あるのみにして、皆な雑わらざるなり。余は下に説くが如し。
 
●8.行異
 八には行の異なり。随一の菩薩は即ち信等の六位を具し、一一の位の中のあらゆる定散等の差別の行相、竝に一時に修す。東方の一切世界の中にして常に定に入る等、西方の世界の中にして常に仏に供する等の如し。是くの如く、字法世界の中に尽く法界の行を窮む。亦た身を分かたずして一時に遍満之、一念に皆な遍修す。一一の念の中にも亦た此くの如く行ず。信位の満心以去、一一の位に皆な是くの如く修して、更に優劣無し。又た、一行即ち一切行等、因陀羅等に通ず。
 三乗は即ち爾らず。地上の菩薩、猶お各々分斉あり。況んや地前の者をや。,余は下に説くが如し。
 
●9.法門異
 九には法門の異なり。謂く、略して十種を挙げん。一には、彼に三仏有り、此に十仏有り。二には、彼に六通有り、此に十通有り。三には、彼には三明有り、此に十明有り。四には彼に八解脱有り、此に十解脱有り。五には彼に四無畏有り、此に十無畏有り。六には、彼に五眼有り、此に十眼有り。七には、彼は三世を説き、此に十世有り。八には、彼に四諦を説き、此に十諦有り。九には、彼に四辯有り、此に十辯有り。十には、彼に十八不共法有り、此に十不共法有り。余の門は無量なり。広くは経に説くが如し。
 
●10.事異
 十には、事の異なり。謂く、舍・林・地・山の事有るに随いて皆な是れ法門なり。或いは是れ行、或いは是れ位、或いは教義等なり。而も其の事を壊せずして、乃(すなわ)ち一一の塵の中に皆な法界の一切の差別の事を具足して、因陀羅微細成就せり。一事の起こるに随いて皆な悉く是くの如し。
 三乗等は即ち爾らず。但だ即空・即真如等と説くことを容れるのみなるが故に、此れには同ぜざるなり。又た、若し神通不思議力を以てせば、暫く現ずることを得べきも、是れ彼の法の自性として是くの如くなるには非ず。余は準じて之れを知るべるし。

(1) 江南印法師の教判については、法蔵『探玄記』玄談第三「立教差別」において敏法師と共に紹介されている。
十、唐江南印法師敏法師等、立二教。一釈迦経、名屈曲教。以逐機性随計破著故、如涅槃等。二盧舎那経、名平道教。以逐法性自在説故、如華厳等。彼師釈此二教、略有四別。一主異、謂彼釈迦化身所説、此是舎那十身所説。二処異、謂彼説在娑婆世界木樹草座、此説在於蓮華蔵世界宝樹金座。三衆異、彼与声聞及菩薩説、此唯菩薩極位同説。四説異、謂彼但是一方所説、此要該於十方同説。広釈如彼華厳疏中。(T35.111b)
敏法師の二教判は、『五教章』叙古今立教第三でも紹介されていた。
(2) 『華厳経』が第二七日に説かれたとする根拠は、『八十華厳』『六十華厳』のいずれにも見出せない。『六十華厳』は、初会の世間淨眼品第一が「如是我聞。一時佛在摩竭提國寂滅道場。始成正覺……。」(T9.395a)の句で始まり、『八十華厳』でも世主妙厳品第一に「如是我聞。在摩竭陀国阿蘭若法菩提場中、始成正覚……」(T10.1b)とあるが、それにしても具体的に二七日とは説かれていない。ただし、第六会の十地品の別訳である尸羅達摩訳『仏説十地経』菩薩極喜地第一之一には、「如是我聞。一時薄伽梵,成道未久第二七日,住於他化自在天中。」(T10.535b)とあり、この『十地経』の一文を以て「十地品」と同じであるとし、『華厳経』一部全てが二七日に説かれたとする。『探玄記』では、『十地経論』を訳して地論学派の祖と仰がれる菩提流支(?-527)が、華厳八会の中の前の五会は仏成道初七日の説で第六会(十地品)は第二七日の説であるとしたと述べ、また有人が第八会(入法界品)は鷲子など五百声聞を度しているから後時の説であるとしたと異説を紹介した上で、『十地経』に説かれているように初七日は思惟行因縁行を思惟していたのであるから説法していないはずだと菩提流支の説を斥け、さらに一部の経において前に半ばまでを説き、中に余の経を説き、後に続きを説くとすることがどうしてできようかと述べて有人の説を斥けている。そして自らは「此の経は定めて是れ第二七日の所説なり」と談言している。その理由は、仏は陀羅尼力によって一念に一切法を説き、過去の一切劫は未来今に安置され、未来の一切法は過去世に迴置されるのであり、一念中に三世一切の仏事を建立するということは経に広く説かれているとおりであるとして、相入の原理でこれを弁明している。『十地経』のみならず『華厳経』一部を二七日の説法とする考えは浄影寺慧遠(523-592)も示しており、早くから地論学派などで定説となっていた。(慧遠『大乗義章』「若依大乘,第二七日,宣説華嚴修多羅也。」(469c))
(3) 智儼の二種十仏説については、木村清孝『初期中国華厳思想の研究』東京、春秋社、一九七七年一〇月、第二篇第四章「二種十仏説の成立」を参照。
(4) 木村清孝「十仏説の展開─智儼と義湘・法蔵の間─」(『印仏研』33-1、1984)
(5) 『華厳経』十地品(T9.565c)原文は@参照。『探玄記』「七釈如来身中、自有十身……」(T35.363c)。





総 説
 
 
 上来、「教起前後第六」と「決択前後意第七」とにおいて、一乗と三乗・小乗との教の化儀の前後や、意趣の相違について述べてきた。ここ「施設異相第八」では、更に各々の教に顕れている教相(教説の示し方)の相違を明らかにし、別教一乗の優位性を示す。その際、十門に分けてこれを
論じている。
 
 
 教相の違いは無数にあるが、これを十箇条に要略して示す。
 凝然『通路記』(T72.437c)によれば、もともと唐の江南の印法師(1)が一切の教相を釈迦経(屈曲教)と舍那経(平等教)の二教に分類し、その異相を@主異A処異B衆異C説異の四に分けて示したことに倣い、十種に増幅して示したのだとする。澄観は『演義鈔』(T36.42b)で、印法師は四異のほかに次の十異も挙げたという。(@教門儀式異、A所詮理致異、B成仏遅速異、C見仏通局異、D説教時分異、E化境寛狭異、F因果行位異、G立乗多少異、H利益勝劣異、I流通付嘱異。)
 
■語義解釈
○「施設」=安立・建立安布の義。ならべて置くという意味。
  方便施設……機を引くための方便
  真実施設……@仮立の施設
別教一乗は絶対不可思議の法であるが、その絶対の絶対たる所以を示すために、三乗権教との対比を行う。
真実無為の絶対無相の処では、言説の相も心念の相も離れているが、無言の言を設け無相に相を示し、真如は無為であるとか無相であるとか寂静であるなどと言説を施して示す。ただし、方便権仮たる仮立の施設とは違い、やはり別教一乗を他に対して説くもの。
        A実義の施設
建立一乗の別教分相門で示す如く、実義にも違いがあることを示すもの。
一.時 異 (時間の相違)
 
<別教一乗>
・成道後二七日(二週間目)に説かれたもの(2)
 『十地経論』によれば、初七日は因縁行を思惟していたので説法していないという。(澄観『華厳経疏』(T35.737a)の解釈によると、因縁行の因とは能説の仏智、縁とは所化の機類を意味する。)すなわち、仏自所得の妙法を如何なる機根に応じて如何にして説くべきかを思惟していたとする。
 
『十地経論』巻一(T26.124a)
何故不初七日説。思惟行因縁行故。本為利他成道、何故七日思惟不説。顕示自楽大法楽故。何故顕己法楽。為令衆生於如来所増長愛楽心故。復捨如是妙楽非愍衆生為説法故。何故唯行因縁行。是因縁行顕示不共法故。
 
・日が昇ってまず高山を照らすようなもの。
・『十地経論』巻一・初歓喜地
  「時処等校量顕示勝故。此法勝故。在於初時及勝処説。」(T26.124a)
・一時に一切の時を摂める。
 
<三乗>
・相手の素質(機根)と状況に合わせて説かれ、時が一定しない。
・一時に一切の劫を摂めない。
二.処 異 (場所の相違)
 
<別教一乗>
・蓮華蔵世界海の多くの宝で飾られた菩提樹の下(衆宝菩提樹下)で説かれたもので、七処八会やそれ以外の無数の世界(不可説不可説の諸の世界海)をも包含している。
・一処に一切処を摂める。
・蓮華蔵世界の内の摩竭陀国で説く。華藏界というから娑婆の内に限らず、摩竭陀国というから三界の外とも限らないのであり、浄穢無礙を表わす。
※一即一切の理論により一処即一切処であるということができる。したがって、重重無尽の世界の中のものである菩提樹下の会座に六欲天の会座が悉く摂(おさ)まるから、菩提樹下を動くことなく普く六欲天に昇って説法することが論理的に可能となり、同時異処の説法が成立する。
 
<三乗>
・娑婆世界の菩提樹下。
・一処に一切処を摂さない。
・『仏地経』や『解深密経』なども浄土で説かれているが、『華厳経』が説かれた蓮華蔵世界中の摩竭国とは別の処。『仏地経』は、ただ光曜たる宮殿等にあって十八種の円満の相を具足すると説くのみで(T16.720b。鎌田本p.189の注を参照)、地上の菩薩のために仏地の功徳を説くから、三界の外の他受用の浄土で説かれたもの。なお、始教では第四禅天の色空竟天を浄土とし、終教では三界の外に浄土ありとするから、『仏地経』等の説は三乗終教の浄土観と位置づけられる。また、この三界の外の浄土とは浄穢不二を意味すると見れば、これは同教一乗の説として位置づけられる。別教一乗では、娑婆と浄土といった相対的観念を用いない。故に『華厳経』では、摩竭国と言うのみで、娑婆とも浄土とも穢土とも言わない。
 
■語義解釈
○「蓮華蔵世界」
蓮華に包まれた毘盧舎那仏の広大・壮麗な世界。『六十華厳』三・盧舎那仏品(T9.412a)には、それが菩薩地大の毘盧舎那仏の無数の願いと実践によって清められ荘厳されたものであると説かれている。『五教章』所詮差別でも詳説されている(攝化分齋)。
○「七処八会」
『華厳経』(六十巻本)の舞台となる七つの場所と八つの集会。説法の集会は@寂滅道場会・A普光法堂会・B沫天宮会・C夜摩天宮会・D兜率天宮会・E他化自在天宮会・F普光法堂会・G逝多林会の八会にわたっているが、AとFの普光法堂会が重複しているので、場所は七処となる。
○「六欲天」
三つの迷いの世界(欲界・色界・無色界の三界)のうちの第一「欲界」に属す六層の天。下から@四天王衆天、A三十三天、B夜摩天、C覩史多天、D楽変化天、E他化自在天。
○「十八種円満」
浄土における報身仏が具える十八種の円満な相。『仏地経論』(T26.292)
三.主 異 (教主の相違)
 
<別教一乗>
・盧遮那十身仏。
・三世間を尽くして説く。
 
<三乗>
・変化身および受用身。
 
■語義解釈
○「十身仏」
 華厳の教主。釈迦仏は十仏を一身に具現したものと見る。また、毘盧舎那佛も十身を具足した釈迦仏と同体異名であると把捉する。十を数えるのは重重無盡の徳相を顕さんとするため。
 『華厳経』では、十仏・十身が列記されるが、種類は多様で、名称もときに一致するものもあるが全体としては雑多である。しかも、十一身や十三身の場合もある(木村訳p.312参照)。しかし、少なくとも南北朝末期から隋代にかけて、十仏・十身が『華厳経』に特徴的な仏身論・教主論として次第に注目されていたことが、慧遠・吉蔵・慧影などの著作から窺知される。なかでも、とくに注意されていたのは離世間品に説かれる無着仏などの十仏だったようであり、このような伝統を受けて、智儼もこの離世間品の十仏を重視している。ただし、智儼は最晩年に著した『孔目章』では、これを菩薩が行の境位において見るという意味の「行境の十仏」とし、これに並立するものとして、十地品の第八地に説かれる衆生心などの十仏を、衆生に呼応して現身するという意味の「解境の十仏」として、初めて解行二境を対応させた。これ以来、華厳教学では、十仏に解境と行境とを分ける(3)。ところが、智儼の弟子の義湘は離世間品の十仏(行境十仏)の方を主体的に把捉する方向へと進み、法蔵は解境の十仏に重きを置くようになった(4)
 「解境の十仏」とは、@『華厳経』十地品を典拠とし、衆生身・國土身・業報身・聲聞身・辟支佛身・菩薩身・如來身・智身・法身・虚空身の十を内容とする。円教一乗の立場から法界が悉く仏身であって法界に遍満していることを表わす仏身論。なお、如来身の中に更に菩提(薩)身・願身・化身・住持身・相好莊嚴身・勢力身・如意身・福徳身・智身・法身の十身を開く(5)
 「行境の十仏」とは、A『華厳経』離世間品を典拠とし、正覺佛・願佛・業報佛・住持佛・化佛・法界佛・心佛・三昧佛・性佛・如意佛(または同じくB離世間品の無着佛・願佛・業報佛・持佛・涅槃佛・法界佛・心佛・三昧佛・性佛・如意佛)xを内容とする。一仏身上の功徳によって分けたもの。菩薩が修行を成就して正覚果満に至った所の仏であるから、果海の仏に局るとされる。なお、前の解境の十仏の中の如来身から開かれた十身を行境の十仏と見る場合があり、故に伝統説では、華厳の教主は正しくは解境の十仏にして行境の十仏を兼ねるとされている(『頴川録』第19席を参照)。
 
@六十巻本『華厳経』卷第二十六、十地品第二十二之四・第八地(解境十仏)
以菩薩乘度者。示菩薩形色。以佛身度者。示佛身形色。所有不可説諸佛國中。隨衆生身信樂差別。現爲受身。而實遠離身相差別。常住平等。是菩薩知衆生身。知國土身。知業報身。知聲聞身。知辟支佛身。知菩薩身。知如來身。知智身。知法身。知虚空身。是菩薩如是知衆生深心所樂。若於衆生身。作己身。若於衆生身作國土身。業報身。聲聞身。辟支佛身。菩薩身。如來身。智身。法身。虚空身。若於國土身。作己身。業報身。力至虚空身。若於業報身。作己身。乃至虚空身。若於己身。作衆生身。國土身。業報身。聲聞身。辟支佛身。菩薩身。如來身。智身。法身。虚空身。是菩薩知衆生集業身。報身。煩惱身。色身。無色身。諸佛國土小相。中相。無量相。垢相。淨相。廣相。倒相。平相。方差別相。知業報身假名差別。聲聞身假名差別。辟支佛身假名差別。菩薩身假名差別。知如來身。菩提(薩)身。願身。化身。住持身。相好莊嚴身。勢力身。如意身。福徳身。智身。法身。知智身善分別如實。知法身平等不壞相。知虚空身無量相。周遍相。無形相。是菩薩善知起如是諸身。則得命自在。心自在。財自在。業自在。生自在。願自在。信解自在。如意自在。智自在。法自在是菩薩得十自在。(T9.565b-c)
 
A六十巻本『華厳経』巻三十七、離世間品第三十三之二(行境十仏)
佛子。菩薩摩訶薩。知分別説十種佛。何等爲十。所謂正覺佛願佛業報佛住持佛化佛法界佛心佛三昧佛性佛如意佛。佛子。是爲菩薩摩訶薩知分別説十種佛。(T9.634c)
 
B六十巻本『華厳経』巻四十二、離世間品第三十三之七(行境の十仏)
佛子。菩薩摩訶薩。有十種見佛。何等為十。所謂無着佛。安住世間成正覚故。願佛。出生故。業報佛。信故。持佛。随順故。涅槃佛。永度故。法界佛。無処不至故。心佛。安住故。三昧佛。無量無着故。性佛。決定故。如意佛。普覆故。佛子。是為菩薩摩訶薩十種見佛。若菩薩摩訶薩。安住此法。則能睹見無上如来。(T9.663b)
 
○「三世間」
 存在の世界を三種に分類したもの。衆生世間(仏の教化の対象、人や生物)・国土世間(教化の対象を容れる国土、社会や自然)・智正覚世間(仏の悟りの世界)の三つの世界をいう。
 
○「変化身」・「受用身」
 大乗仏教では、仏身論として法・報・応の三身を説く三身説が最も普遍的。大乗で説く法身とは、常住真実普遍平等の理体である真如法性、あるいは如来蔵を以て法身とする。報身とは、菩薩として因位にあったときに立てた願と修めた行との報いとして、その結果顕れた受楽の仏。たとえば阿弥陀仏など。応身は、衆生の根器に応じて顕れた仏で、肉身の釈迦仏などを指す。
 ここでいう「変化身」とは、『仏地経論』巻七の四身説(自性身・自受用身・他受用身・変化身)などに見られる用語。法・報・応のうちの応身に相当する。すなわち、さまざまな衆生救済のためにそれらに応じて現れる仏身で、浄穢に通じて凡夫二乗三賢のために説法する。
 「受用身」とは報身に相当する。ここでは他受用身のこと。報土に於いて十地以上の菩薩のために説法し、神通を現して法楽を受用させる。
 本文で「化身及び受用身等(○)」とするのは、法身(自性身)を含めた三乗教の三身説すべてを指しており、重重無盡の仏身論を説く華厳の立場と三身おのおのを隔別して捉える三乗教の立場とに区別を付けている。
四.衆 異 (随衆の相違)
 
<別教一乗>
 普賢菩薩や仏の境界の中の諸神王衆を対象とする。
 
<三乗>
 声聞や菩薩などを対象とするのみ。
 
■ 語義解説
○「此一乗、経首唯列普賢等菩薩、及仏境界中諸神王衆」
 六十巻本『華厳経』巻一・世間浄眼品一之一(T9.395b)
與十佛世界微塵數等大菩薩倶。其名曰普賢菩薩。普徳智光菩薩。普明師子菩薩。普勝寶光菩薩。普徳海幢菩薩。普慧光照菩薩。普寶華幢菩薩。普勝軟音菩薩。普淨徳焔菩薩。普相光明菩薩。大光海月菩薩。雲音海藏菩薩。徳寶勝月菩薩。淨慧光焔自在王菩薩。超趣華光菩薩。無量智雲日光菩薩。大力精進金剛菩薩。香焔光幢菩薩。月徳妙音菩薩。光明尊徳菩薩。與如是等諸菩薩倶。
 
○「第八会」「以彼如聾如盲……」
 六十巻本『華厳経』巻四十四・入法界品(T9.676c)および(T9.679b-c)
 鎌田本p.191の注を参照。(鎌田本に巻四とあるのは間違い)
 
○「海幢比丘」
 入法界品に説かれる善財童子の第七の善知識。Sqgaradhvaja の訳。善財に清浄光明般若波羅蜜三昧を教えた。鎌田本p.191の注を参照。
 
 
 
五.所依異 (依り所の相違)
 
<別教一乗>
 華厳の一乗教は海印三昧中に依って起こる。
 
<三乗>
 仏の後得智に依って起こる。
 
■語義解釈
○「海印三昧」
 鎌田本p.52の語句註解参照。『華厳経』そのものと、智儼の海印三昧論については、木村清孝『初期中国華厳思想の研究』(東京、春秋社、1977.10,第二篇第五章pp.488-503で検討されている。
 
○「後得智」
 絶対平等の悟りの智慧である根本智に対応する。根本智の後に得るもので、差別する一切の現実世界を正しく知り、衆生教化などを行う智慧。
六.説 異 (説き方の相違)
 
<別教一乗>
 説処たる菩提樹下の一方において一事・一義・一品・一会などを説くとき、必ず十方一切の世界と網の目のように通じあって、みな同じくこの説を説くこととなり、樹下と他方世界とが互いに主となり伴となって、華厳経を成立している。一品一会に限らず経文の一文一句にしても、また多文多句もすべて十方に遍満する。
 
<三乗>
 ただ一方・一相に随って説かれるだけ。
 
 
 
 
 
 
 
七.位 異 (境位の相違)
 
<別教一乗>
 修行の階位は上下すべて斉しい。一々の位の中に他の一切の位が包摂される。そのため、十信位より仏果に至るまでの六位はすべて十信位の中に摂まるという信満成仏説が成立する。これと同様に十住・十行・十回向・十地などの各位にも他の一切の行位が摂まる。
 
<三乗>
 階位に上下の差別があって、互いに雑りあわない。
 
■ 語義解釈
○「余如下説」
 所詮差別の行位分斉を指す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
八.行 異 (実践の相違)
 
<別教一乗>
・菩薩行の階位のうち、いかなる階位においても行に優劣なく、他のあらゆる行(入定と出定など行相の異なる実践を含む)を同時に修する。
 
・一行即一切行。ひとつの実践がそのまま一切の実践となる。
 
・十方世界の中において、ことごとく法界の行(真理の世界の実践)を窮める。
 
・身を分かたずして、一時にあらゆる世界に満ち亘り、一念において遍くあらゆる行を修める。他の一念においても同様。
 
・信位満心以後は、各階位において、すべてこのように修行するのであり、それらの間に優劣の違いは全くない。
 
 ※「如東方………」は処に約して行法を明かす。
  「亦不分身……」は時に約して行修を明かす。(頴川録84席136丁)
 
<三乗>
・初地以上の菩薩でさえ、それぞれの階位が別々に分かれていて、優劣がある。まして初地に至る以前はいうまでもない。
 
 
■語義解釈
○「定散」
定心と散心。これを二心という。定心とは禅定の心、または定善を修する心のこと。散心は散乱の心、または散善を修する心のこと。定善とは、思慮を息めて心を凝らして浄土の依正二報を観ずること。散善とは、身口意を策して悪を廃し善を修すること。
 
○「信等六位」・「地上」・「地前」は鎌田本p.193参照のこと。
 
○「東方の一切の世界において常に定に入る」
六十巻本『華厳経』七・賢首菩薩本(T9.438b)
十方世界有縁故。往返出入度衆生。或見菩薩入正受。或見菩薩從定起。或東方見入正受。或西方見三昧起。或西方見入正受。或東方見三昧起。如是出入遍十方。或異方見入正受。或異方見三昧起。是大仙定自在力。
 
○「余は下に説くが如し」
 所詮差別の行位差別、または修行時分を指す。(頴川録84席136丁)
 
 
 
九.法門異 (教えの相違)
 




 




 




 




 




 




 




 




 




 




 










 






 






 






 






 






 






 






 






 






 






 
 
■語義解釈
○「三仏」法・報・応の三身。(主異の語義解釈p.5を参照)
 
○「十仏」(主異の語義解釈p.5を参照)
 
○「六通」
天耳・他心・神足・天眼・宿命・漏尽の六通。「天耳通」とは、世間のすべての音声を悉く聞き取る力。「他心通」とは、他人の心の中に思うことを悉く知る力。「神足通」とは、自在に思う所に到り(能到)、相を変え(転変)、外界の対境を思い通りにする(聖如意)という力。後の一は仏のみが具える。「天眼通」とは、世間のすべての遠近・苦楽・粗細などを見通す力。また、未来の衆生の死生の時や有り様などを見通す智慧の力。「宿命通」とは、自他の過去世における生存の相を明らかに知る智慧の力。「漏尽通」とは、四諦の理を証知し、漏(煩悩)を断滅して迷界に生まれないことを覚る智慧の力。
 
○「十通」六十巻本『華厳経』第三十三・離世間品(T9.639b)
佛子。菩薩摩訶薩有十種神通。何等爲十。所謂@出生念宿命方便智道。A出生無礙天耳方便智通。B出生知一切衆生不可思議心心數法方便智通。C出生無礙天眼觀察衆生方便智通。D出生不可思議自在神力示現衆生方便智通。E出生一身示現不可思議世界方便智通。F出生於一念中往詣不可説世界方便智通。G出生不可思議莊嚴具莊嚴一切世界方便智通。H出生不可説不可説化身示現衆生方便智通。I出生不可説世界成阿耨多羅三藐三菩提不可思議示現衆生方便智通。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種神通。若菩薩摩訶薩。安住此通。則得無上大方便智通。顯現諸佛自在神力。
 
○「三明」六通のうちの死生智証明・宿住智証明・漏尽智証明の三通をいい、各々六通のうちの天眼通・宿命通・漏尽通に相当する。
 
○「十明」
 六十巻本『華厳経』十明品(T9.578a-580c)
@善知他心智明。A第二無礙天眼智明。B深入過去際劫無礙宿命智明。C深入未來際劫無礙智明。D無礙清淨天耳智明。E安住無畏神力智明。F分別一切言音智明。G出生無量阿僧祇色身莊嚴智明。H一切諸法眞實智明。I一切諸法滅定智明。
 
 六十巻本『華厳経』離世間品(T9.639c-640a)。
佛子。菩薩摩訶薩有十種明。何等爲十。所謂出生知一切衆生業報方便智明。出生知一切衆生境界解脱寂滅淨心方便智明。出生入一切境界一切衆生種種決定一切法無所有金剛方便智明。出生不可思議淨妙音聲無量世界無不普聞方便智明。出生智慧除滅一切毀害染著方便智明。出生受生方便不受生方便方便智明。於一切境界轉諸受想方便智明。知一切法無性無非性。無相無非相。一性無性故。而於無量劫種種説法。修習善根成阿耨多羅三藐三菩提方便智明。知一切衆生生。亦知無生。知一切衆生滅。亦知無滅。知因知縁。知事知境界知行。知生知滅。知衆生説。知愚癡知離愚癡。知顛倒知非顛倒。知垢濁知清淨。知生死知涅槃。知有知無。知著知不著。知堅固知離。知轉知不轉。知起知不起。知壞知道知成就知根。知衆生受化。隨器應故。教化衆生。未曾忘失菩薩所行。何以故。菩薩摩訶薩發阿耨多羅三藐三菩提心。爲教化衆生故。是故菩薩摩訶薩。常化衆生。而不失菩薩行。身無疲倦。不違一切衆生。觀察縁起方便智明。不著諸刹不起著心。不著諸佛不起著心。不著一切法不起著心。不著世界不起著心。不著衆生不起著心。不見衆生。不化衆生。不調伏衆生。不爲衆生説法。而亦不捨菩薩行願。長養大悲。見一切佛。聽受正法未曾忘失。得佛依果種諸善根。於如來所不捨恭敬供養之心。増長恭敬供養之心。具足成就法界等心。自在神力六種震動不可思議無量世界知種種説法。知衆生數。知種種衆生。知苦起知苦滅。知一切行苦。知一切行悉如電光。行菩薩行永斷一切生死根本。悉能救護一切衆生。行菩薩行無所染汚。不斷一切如來種性。發須彌山王心。不可傾動。除滅一切顛倒衆想。一切智門悉現在前。不動不壞成等正覺。於生死海悉能濟渡一切衆生。方便智明。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種明。若菩薩摩訶薩安住此明。則得如來無上巧方便智明。
 
○「八解脱」
 貪著を捨てて阿羅漢の悟りを得るための八種の禅定。八背捨とも。@色想を除くため、外境のいろやかたちについて不浄観を行う。Aそれを確実にするために不浄観を続ける。B不浄観の心を捨てて、外境のいろやかたちについて清らかな面を観じても貪著を起こさないで浄解脱を証し、具足して安住する。C物質的な想をすべて滅して、空無辺処定に入る。D空無辺の心を捨てて識無辺処定に入る。E識無辺の心を捨てて無所有処定に入る。F無所有の心を捨てて非想非非想処定に入る。G受・想などを捨てて滅尽定に入る。
 
○「十解脱」=六十巻本『華厳経』離世間品(T9.640a)を参照。
佛子。菩薩摩訶薩。有十種解脱。何等爲十。所謂煩惱解脱。邪見解脱。熾然解脱。陰界入解脱。超出聲聞縁覺地解脱。無生法忍解脱。不著一切佛刹一切衆生一切諸法。住無量無邊諸菩薩住。離一切菩薩行。住如來地解脱。於一念中悉能了知一切三世諸法解脱。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種解脱。若菩薩摩訶薩住此解脱。則能普爲一切衆生而作無上佛事
○「四無畏」
 四無所畏ともいう。四つの無所畏(vai1qradya)。仏菩薩が説法にあたって畏れを感じない四種の徳。仏の四無所畏とは、@諸法現等覚無畏(「我は一切法を覚證せり」と畏れない自信)A一切漏尽智無畏(「一切の煩悩を断尽せり」と畏れない自信)B障法不虚決定授記無畏(「修行の障礙となるものは既にこれを説けり」と畏れない自信)C為証一切具足出道如性無畏(「苦界を出離して解脱へ入る道を説けり」と畏れない自信)の四つ。
 
○「十無畏」=六十巻本『華厳経』離世間品(T9.649c-650b)を参照。
佛子。菩薩摩訶薩。有十種無畏。何等爲十。所謂菩薩摩訶薩。悉能聞持一切問難。作如是念。十方一切世界有來問我。若不能答。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。菩薩究竟一切無畏。安住無畏。一切衆生隨其所問。悉斷疑惑。是爲第一無畏。菩薩摩訶薩。一切語言音聲。一切文字如來授記無礙辯才。究竟彼岸。作如是念。十方世界一切衆生來問難我。若不能答。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。悉能除滅一切疑惑。安住無畏。是爲第二無畏。菩薩摩訶薩。知一切法空。離我我所。無造無造者。無知者無命者。無長養者無福伽羅。離陰界入。離諸邪見。心如虚空。作如是念。一切衆生若能令我起身口意惡。無有是處。何以故。菩薩常離我我所故。若生怖畏無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。行菩薩行不可沮壞。是爲第三無畏。菩薩摩訶薩。爲諸佛所護。成如來力行如來行。如來威儀未曾轉易。作如是念。若有能來訶我威儀。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。於大衆中説微妙法。是爲第四無畏。菩薩摩訶薩。身口意淨遠離衆惡。作如是念。若有能來訶我身口意惡。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。悉能教化一切衆生。是爲第五無畏。菩薩摩訶薩。金剛力土常隨侍衞一切天龍夜叉乾闥婆阿脩羅迦樓羅緊那羅摩羅伽帝釋梵王等。常隨侍衞尊敬供養。一切諸佛常護念之。菩薩作如是念。一切衆魔眷屬及諸外道。有見衆生來詣我所。能障礙我無上菩提。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。安住無畏。歡喜修行菩薩行業。是爲第六無畏。菩薩摩訶薩。離癡正念隨如來生。成就第一意根。作如是念。一切諸佛所説正法。句身味身隨順菩提。我若不能如法受持。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。受持守護如來正法。是爲第七無畏。菩薩摩訶薩。具足成就巧方便智慧。究竟菩薩諸力彼岸。清淨直心教化衆生。發大菩提願。於衆生所起大悲故。於煩惱濁世而現受生。現受五欲畜養妻子及諸眷屬。爲化衆生故。菩薩復作是念。我雖在此。不生惑亂障於菩提解脱三昧法門辯才。若能障礙無有是處。何以故。菩薩於一切法而得自在。究竟彼岸修菩薩行安住菩提。一切世間受生惑亂所不能亂。若能惑亂無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。於一切世界。示現受生。是爲第八無畏。菩薩摩訶薩。捨離愚癡知一切智。住菩薩道乘於大乘住一切智。心力示現聲聞縁覺不改威儀。菩薩作如是念。我終不證聲聞辟支佛道。我若受證無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。安住無畏。悉能示現一切諸乘。具足究竟平等大乘。是爲第九無畏。菩薩摩訶薩。成就一切諸白淨法。積集善根。成滿一切諸願通明。堅住菩提。具足成滿菩薩諸行。於一切佛所。頂受如來一切智記。教化衆生不捨菩薩行。作如是念。其有衆生應受化者。若不能應時示現如來境界。無有是處。乃至不見微畏之相。不見微畏相故。安住無畏。隨受化者。普爲應現如來境界。而亦不斷菩薩願行。是爲第十無畏。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種無畏。若菩薩摩訶薩。安住此法。則得一切諸佛無上無畏。而亦不捨菩薩無畏。
 
○「五眼」肉眼・天眼・慧眼・法眼・仏眼の五眼。
 肉眼は眼前の可視的物質(色)を視る。天眼は遮られている可視的物質でも視ることができる。慧眼は空の理を観てすべての物質的・精神的なものを見通すが、他を利益しない。法眼は他の者を悟りに至らせるが、方便を知らない。仏眼は一切を見通し一切を知る。
 
○「十眼」=六十巻本『華厳経』離世間品(T9.657c)を参照。
佛子。菩薩摩訶薩。有十種眼。何等為十。所謂肉眼見一切色故。天眼。見一切衆生死此生彼故。慧眼。見一切衆生諸根故。法眼。見一切法真実相故。佛眼。見如来十力故。智眼。分別一切法故。明眼。見一切佛光明故。出生死眼。見涅槃故。無碍眼。見一切法無障碍故。普眼。平等法門見法界故。佛子。是為菩薩摩訶薩十種眼。若菩薩摩訶薩。成就此眼。則得一切諸佛無上大智慧眼。
 
○「三世」過去世・現在世・未来世。
 
○「十世」過現未に各々過現未があり、更に現世に三世即一念を加えた十世。
      過去世過去世・未来世・現在世
      未来世過去世・現在世・無盡
      現在世未来世・過去世・平等・三世即一念
六十巻本『華厳経』離世間品(T9.634a-b)
佛子。菩薩摩訶薩。有十種説三世。何等爲十。所謂過去世説過去世。過去世説未來世。過去世説現在世。未來世説過去世。未來世説現在世。未來世説無盡。現在世説未來世。現在世説過去世。現在世説平等。現在世説三世即一念。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種説三世。因此十種説三世。則能普説一切三世。
 
○「四諦」苦諦・集諦・滅諦・道諦の四。
 諦(satya)とは真理の意。四聖諦とも四真諦ともいう。苦諦とは「この迷い世界はすべて苦である」ということ。集諦とは「苦の因は求めて飽くことのない愛執である」こと。滅諦とは「その愛執の完全な絶滅が苦の滅した窮極の理想境である」こと。道諦とは「苦滅の境に趣くためには八正道に依らねばならない」こと。苦と集とは迷妄の世界の果と因とを示し、滅と道とは証悟の世界の果と因とを示す。
○「十諦」=六十巻本『華厳経』第二十二・十地品(T9.555c-556a)。
如實知是苦聖諦。是苦集諦。是苦滅諦。是苦滅道諦。是菩薩@善知世諦。善知A第一義諦。善知B相諦。善知C差別諦。善知D説諦。善知E事諦。善知F生起諦。善知G盡無生諦。善知H入道諦。善知I一切菩薩次第成就諸地起如來智諦。菩薩隨衆生意。令歡喜故。知世諦究竟一乘故。知第一義諦。分別諸法自相故。知相諦諸法各異故知差別諦。分別陰界入故。知説諦以身心苦惱故。知苦諦諸趣生相續故。知集諦畢竟滅一切惱故。知滅諦至不二法故。知道諦以一切種智。知一切法。次第成一切菩薩地故。知如來智諦以信解力故。知非得無盡諦智。菩薩如是以此諸諦智。如實知一切有爲法。虚僞誑詐。假住須臾。誑惑凡人。
 
○「四弁」
 四無礙弁の略。四無礙解ともいい、四無礙・四解・四弁とも略す。無礙解とはpratisa/vid の訳で、仏菩薩の説法に際して障礙なき理解能力(智解)および言語表現能力(弁財)で、これに四種ある。いずれも智慧を本質とするかっら四無礙解、言語能力であるから四無礙弁という。『倶舎論』巻二十七によれば、@法無礙解(法無礙智・法無礙弁)は、意味をよく表詮する文字や文章などに精通した無礙自在な智解弁財。A義無礙解(義無礙智・義無礙弁)は、文字や文章で表詮された意味内容に精通した智解弁財。B詞無礙解(詞無礙智・詞無礙弁・辞無礙智)は、方言に精通した智解弁財。C弁無礙解(弁無礙智・無礙解・楽説無礙智・楽説無礙弁)は、正しい理に従って滞るところなく説を述べる能力で、相手の楽い求める所に適って巧みに説き、自らも楽しんで説くから楽説ともいう。
 
○「十弁」=離世間品(T9.636b)を参照。
佛子。菩薩摩訶薩。有十種辯。何等爲十。所謂不虚妄取一切法辯。於一切法無所行辯。於一切法無所著辯。於一切法悉空無辯。於一切法無闇障辯。於一切法佛所持辯。於一切法不由他悟辯。於一切法巧方便説句味身辯。於一切法諸衆生辯。於一切衆生等心觀察令歡喜辯。佛子。是爲菩薩摩訶薩十種辯。若菩薩摩訶薩安住此辯。則得如來無上巧方便辯。
 
○「十八不共法」
 十八種の不共法(qvezika_buddha_dharma)。不共法(不共仏法)とは、仏や菩薩のみが有する勝れた特質で、凡夫や二乗には共通しない功徳法の意。仏の十力と四無所畏と三念住と大悲とを合わせて十八種となる。
 仏の十力とは@処非処智力(如実にすべての理と非理とを知る力)A業異熟智力(如実に三世の業とその報いとの因果関係を知る力)B静慮解脱等持等至智力(如実にすべての禅定や三昧の順序や浅深を知る力)C根上下智力(野実に衆生の能力や性質の優劣などを知る力)D種種勝解智力(如実に衆生の了解断定を知る力)E種種界智力(如実に衆生の素性素質やその行為などを知る力)F遍趣行智力(如実に人天などの諸々の世界に趣く行の因果を知る力)G宿住随念智力(如実に過去世の種々の事を憶い出し知悉する力)H死生智力(如実に天眼を以て衆生の死生の時や未来の善悪の世界などを知る力)I漏尽智力(自らすべての煩悩が就きて、次の生存を受けないことを知り、また他のものが煩悩を断つのを誤らずに知る力)。八十巻本『華厳経』巻十七では、この十力を菩薩の修すべき法としている。
 仏の四無所畏とは、前説の如し。p.11参照(四無畏の項)。
 仏の三念住とは、三念処(tri_sm3ty_upasathqna)とも三意止ともいう。如来は弟子などが熱心に法を聞き、正しく教えを行っても、むやみに歓喜して平静な心を失うことなく(第一念住)、逆の場合でも憂愁の心を起こして平静を失うことなく(第二念住)、両様の弟子があっても歓喜したり憂愁の心を起こしたりして平静な心を失うことがない(第三念住)のをいう。
 大悲とは、あらゆる差別の見解を離れて縁慮するものさえ無い所に起こる平等絶対の大いなる慈悲。悲とは苦を抜くこと。
 
○「十不共法」六十巻本『華厳経』離世間品(T9.650c-651c)。
  佛子菩薩摩訶薩。有十種不共法。何等爲十。
所謂菩薩摩訶薩。修習六波羅蜜。不由他悟。平等心施無所慳吝。持戒清淨遠離惡戒。忍辱成就心不可動。勤修精進於一切劫未曾退轉。深入禪定離一切亂。出生智慧遠離邪見。是爲菩薩摩訶薩修習六波羅蜜隨順波羅蜜道不由他悟第一不共法
  菩薩摩訶薩。攝一切衆生而饒益之。常以法施於一切衆生。和顏愛語遠離惡言。於一切衆生。常起樂心眞實利益。令一切衆生解悟菩提。遠離惡心。具足成就平等實義。是爲菩薩摩訶薩攝取衆牛隨順攝道不由他悟第二不共法
  菩薩摩訶薩。善解迴向不求果報。隨順迴向諸佛菩提。不著一切世間三昧。迴向佛智饒益衆生。是爲菩薩摩訶薩善解迴向專求一切諸佛善根無上智慧饒益衆生不由池悟第三不共法
  菩薩摩訶薩。善巧方便究竟彼岸。隨順世間親近世間而無疲厭。正向聖行。遠離一切聲聞縁覺出要之道。教化成熟一切衆生。不者己樂。善知一切諸禪解脱三昧。正受三昧。起於諸三昧而得自在。於生死中心無疲厭。遊於生死如園觀想。安住一切諸魔宮殿。示現帝釋梵王無量自在。於一切生死。慧光明淨照除癡闇。於一切衆捨家出家。不著異見。示現一切世間書疏文誦談論語言算術印法一切娯樂。現爲女身才術巧妙。能轉人心。於世間法離世間法。悉能問答究竟彼岸。於世間事離世間事。亦悉究竟到於彼岸。常觀衆生。示現一切聲聞縁覺。不轉威儀不忘大乘。於念念中。現成如來無上菩提。而亦不斷菩薩所行。是爲菩薩摩訶薩具足修習巧妙方便到於彼岸不由他悟第四不共法
  菩薩摩訶薩善知倶變三昧。翻覆三昧。遊戲智慧通明。究竟智慧彼岸。常在涅槃而現生死門。知無衆生際。而教化成熟一切衆生。常在究竟寂滅彼岸。而示現處熾然煩惱。常在金剛一妙法身。而現衆生無量身門。常能正受諸禪三昧。而現衆生五欲娯樂。常樂寂靜遠離三界。而教化一切衆生。長養善根常樂正法。而現百千天女圍遶共相娯樂。百福相好莊嚴其身。而現貧賤鄙陋之形。常離諸惡長養善業。而現受生一切惡道。究竟到於佛智彼岸。而亦不捨菩薩智身。菩薩成就如是等無量智慧。一切聲聞縁覺無能知者。何況一切童蒙衆生。是爲菩薩摩訶薩第五不共法
  菩薩摩訶薩。身口意業智慧爲首。一切威儀諸業清淨。成就大慈永離殺心。乃至遠離邪見具足正見。是爲菩薩摩訶薩身口意業隨智慧行第六不共法
  菩薩摩訶薩。成就大悲。不捨一切衆生。代一切衆生。受諸地獄畜生餓鬼閻羅王苦。利益衆生心無疲厭。度脱一切諸群生界。於一切欲樂心無染著。常爲衆生滅諸苦陰不捨大悲。是爲菩薩摩訶薩第七不共法
  菩薩摩訶薩。爲一切衆生之所愛敬。帝釋梵王四天王等。皆恭敬供養。一切衆生心常樂見無有厭足。何以故。菩薩本修行業心無染著。皆悉清淨威儀具足故。一切衆生樂見無厭。是爲菩薩摩訶薩第八不共法
  菩薩摩訶薩。一切智心堅固正道。以大莊嚴而莊嚴之。雖至難處諸惡人處聲聞縁覺處。終不退失一切智心。清淨妙寶。譬如水珠名曰淨光。雖處濁水寶性無異。能令濁水皆悉清淨。菩薩亦復如是。雖在衆難諸惡人處聲聞縁覺處。終不捨離一切種智清淨寶心。令一切衆生滅除邪見煩惱垢濁。住一切智清淨寶心。是爲菩薩摩訶薩第九不共法
  菩薩摩訶薩。自覺智法到於彼岸受無師記。離垢法以冠其頂。於如來所。不捨恭敬供養之心。亦不捨離諸善知識。是爲菩薩摩訶薩第十不共法
  佛子。是爲菩薩摩訶薩十種不共法。若菩薩摩訶薩。安住此法。則得一切諸佛無上大不共法。
 
 
 
 
十.事 異 (事物に対する解釈の相違)
<別教一乗>
・舍・林・地・山などといった事物はすべて教えそのものである。これらは行であり、境位であり、教義である。しかも、その事物の存在を損なうことがない(法身説法に通じる)
・一々の事物の中にすべての事物・事象を具えている。
 
<三乗>
 即空(始教大乗が但だ空を説くのみを指す)や、即真如(終教が一切の事物の存在を抑えて真如であると説くことを指す)を説くのみ。
 
※三乗であっても神通不思議力に依ることで、自在無礙の事法を顕すことができるが、暫定的に得るのみであって、一乗が法の本来的性質として無礙無尽であるのとは異なる。
 
 
<文・吉田叡禮>
 
 
 
 


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