Peak Velocity ―第1章―
「こ、国王陛下!」
突然扉が開いたかと思うと、一人の軍服姿の若者が飛び込んできた。
軍服の勲章等が無いところを見るにどうやらまだ新米の兵士のようだ。
「一体何事だ、騒々しい!」
王座から動くことなく国王と思われる初老の男性が言い返す。
彼の横には綺麗なブロンドの長髪の若者がたっている。
こちらは服装を見るとどうやら、かなりの高身分者であることがうかがえる。
若い兵士はなんとか冷静を装うとするが、その口調がただごとではないことを
匂わせていた・・・。
「実は・・・」
極度に緊張しているせいか唇が震え、うまく言葉を発せ無いと見える。
「実は、ミゼリア帝国軍と思われる軍隊がデザイア城へ向けて侵攻してきて
いるのです・・・!」
ミゼリア帝国はこの世界フィーオンにおいて全世界の1/3を領土とする、大国である。
無論その軍事力は他国との比ではない。
「な、なんだと!?」
国王も事態の重大さがすぐに分かったようで、表情は先ほどまでの余裕の色が
消え冷や汗がうっすらと浮かんでいる。
「すでに街の方は占拠され、ここまで来るのもすでに時間の問題かと・・・。」
「予測はしていたが、ここまで早いとはな。」
長髪の青年が始めて口を開いた。
「こちらの軍はどうしている?」
彼は取り乱すでもなく、すでにパニック状態に陥りまともな思考が働いてはいな
いであろう国王に代わり冷静に現在の事態を把握しようとしていた。
「は、街へ送った鎮圧軍はすでに全滅・・・。現在はデザイア城前にて残りが交戦中で
あります。」
「そうか。」
事態が思ったより進行していたことに彼は絶望した。
すでに手を打つには遅すぎた・・・。
「このままではデザイアはミゼリアに吸収されてしまいます!一体、どうすれば!?」
「まさに万策尽きるとはこのことだな。」
一瞬目を閉じ、彼の思考は終了した。
「お前は残っている兵士を数人あつめ、父上を連れて逃げろ。」
父上、どうやら彼はこの国の王子らしい。
若い兵士は彼の言葉に驚愕していた。
「な!?何をおっしゃいます!王子!」
「これ以外にデザイアを存続させる手段はない。」
「しかし・・・では、王子はどうなされるのですか!?」
「僕が城にとどまり、時間を稼ぐ。ともてもじゃないが、現在城に残っている兵だけ
じゃ父上の逃げる間の時間は稼げん。」
彼は臆した様子もなく淡々と続けた。
ようやく思考を取り戻したらしい国王が口を開く。
「お前を残して逃げられるわけがなかろう・・・!残るなら私が!」
「お気持ちは嬉しく思います父上、しかし先ほども申しましたように時間を稼ぐには私が残る
以外に手段はありません。」
「そ、それは・・・。」
国王も自分が残ってもどうにもならないことに気づいたのか、言葉に詰まった。
父が理解したであろうことをさとり、兵の方へ向き直った。
「行け。父上を頼んだぞ。」
若い兵士は苦い顔をしてうなずくと、国王を促し裏口から出て行った。
一人残った彼はゆっくり王室から広間の方へと移動していく。
しばらく歩いたところで急に立ち止まり
「どういうつもりだ?」
彼は後ろから着いてきていた気配に気づいていたのだ。
その瞬間彼の後ろに何かが降り立った。
「お前も早く逃げろ。」
しかし、その発言が聞こえなかったかのように何かは言葉を発した。
「いくらシオン様とはいえ、お一人でミゼリア軍に勝てるおつもりですか?」
そこには薄褐色の肌の女が立っていた。
彼女の名はウィリア、この国の王子である彼・・・シオンの御付である。
目鼻立ちははっきりしており、おそらく彼とは違う国の生まれだろうが、典型的な美人
と言えるだろう。
「・・・。」
振り返ったシオンの表情は変わらず無表情だった。
「ですから、私も微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「ふっ。」
無表情だった彼の顔が一瞬ほころんだ。
「好きにしろ。」
数メートル先に広間への扉が見えた。
あと少しというところで、彼等があけるよりはやく扉が向こう側から開く。
扉の向こうからは蛇の紋章のついた紫色の鎧をきた数人の兵士が入ってきた。
その鎧から、それがすぐにミゼリアの兵士であることは察することが出来た。
一人はマントなどの装飾を鎧に施してある、おそらく仕官であろう。
「ん?兵士・・・ではないな?貴様ら何者だ?」
仕官らしき人物が戦闘態勢をとりつつ、質問した。
しかし、シオンは質問に答えるでもなく戦闘態勢をとるでもなく、彼等の出方を伺っていた。
「や、奴はデザイアの王子、シオン=シェルクです!」
部下らしき兵士が驚いたように仕官に答えた。
普通こういう情報は事前に隊長をまかされるであろう仕官が調べておくものだが、この連中
はそういう感覚が逆のようだ。
「ほぅ。王子様がなぜ、残っているのかな?こういう時には真っ先に逃げ出すもんだろ?」
仕官は顔にうっすらと笑みを浮かべている。
「僕が残っている理由か・・・?」
少しの間があり
「貴様らを殺すためだ。」
ミゼリアの兵士たちは顔を見合わせた。
「おいおい、もてはやされて、なんの不自由なくそだった王子様が俺等に勝てると思ってんのか?」
半分呆れたように士官が言い放つ。
「貴様ら程度ならな。」
無表情だった彼の表情が再び変化した。
しかし、それは先ほどとは違い冷酷な笑みを浮かべていた。
「そうかい!なら遠慮なくやっちまうぜ!お前にはまだ利用価値があるから、殺しはしねぇけどな。」
彼の言う利用価値とはおそらく、逃げているであろう国王をおびき出すための餌として、
シオンを使うをいうことであろう。
興奮している相手をよそにシオンはいつものように淡々と言葉を発した。
「ウィリア、雑魚はお前にまかせた。」
「かしこまりました。」
ウィリアもシオンと同じく臆した様子は無い。
「さぁて、んじゃお手並み拝見と行くか!!」
戦闘態勢だった士官がシオンに飛び掛る。
「口数の多い奴だ。」
シオンも瞬時に腰のレイピアを引き抜き相手に向ける。
二つの剣が凄まじい勢いでぶつかり、凄まじい金属音を発した。
朝日が窓から少年の顔を照らす。
「んっ・・・。」
寝ぼけ眼の少年がむっくりと起き上がった。
少年の名はガレルド。
茶色の髪に、紫がかった瞳、そして18歳にしては大人っぽい外見である。
「朝・・・か。・・・ついにこの日が来たな。」
彼の瞳は期待でいっぱいといった感じだ。
というのも今日はバエランス城の兵士になってから1年以内の新米兵士の武闘大会が開かれるのである。
この大会には彼も出場することになっていた。
ベッドから跳ねるように降りると、いつも着ている軍服にさっと着替えた。
朝食はいつも通り、食パンにジャムと目玉焼きにコーヒーというオーソドックスなものだ。
彼はそれを数分で消化した。
「じゃあ、行って来るよ・・・兄さん。」
そう呟く彼の先には一枚の写真が立てられていた。
写真には彼の兄、ヴィッシュ=セファランスの姿。
早くに両親を無くした彼にとって兄は唯一の肉親であり、親代わりであった。
しかし、そんな兄も3年前にこの国を守るため英雄となり、死んだのだ。
ドアを開けると、いっきに光があふれ、目を細めた。
「あら、おはよう。ガレルド。」
声の方を見ると、隣の家に住んでいるシシアおばさんの姿があった。
歳は40後半で、見るからに優しそうな女性である。
「おはよう、おばさん。」
「いよいよ今日だね、大会。」
「ああ、昨日からずっとワクワクしててさ、武者震いがとまんなかったよ。」
「あんた前からこの大会楽しみにしてたもんね。」
「もちろん!今日こそは俺のことを兄さんの七光りって馬鹿にしてた奴を見返すんだ。
俺を認めてくれたビットさんやエクセスさんのためにもね。」
「そっか、それは負けられないわね。私もあんたのこと信じてるから。」
「ありがと、おばさん!じゃあ、行ってきます。」
そう言い彼は城の方へ走り去っていった。
「ほんとに元気な子だね・・・。負けんじゃないよ。」
しばらく歩いた先にそれはあった。
分厚く高いコンクリートの壁の向こうに広がる無機質な建物、バエランス城である。
城というと華やかなものを想像するが、国家予算の少ないバエランスでは、
このような城が精一杯なのであろう。
「あの、大会の出場者のガレルド=セファランスなんですけど。」
門番らしき中年の兵士にそう告げた。
「大会出場者は、城裏の武闘場の控え室にて待機しておけ。その後はそちらで指示する。」
軽く頷いて、控え室に向かった。
控え室までの道には同じく出場者らしき数人の兵士の姿がうかがえる。
中には大会にそなえ、剣の素振りをする者、座禅を組んで精神統一をしている者などさまざまだ。
「ふぅん、やっぱみんな張り切ってんなぁ。」
余裕の笑みを浮かべたガレルドが呟く。
よほど自信があるのだろう、控え室に向かう彼の顔は余裕に満ち溢れていた。
「決勝が始まります、武闘場へ。」
伝聞をまかされたらしい若い兵士が扉をあけ、一言告げた。
ガレルドはここまでほとんど無傷で勝ち上がってきていた。
黙って立ち上がり、控え室を出て行くガレルドの表情は最初と変わらず余裕だった。
「これより、ガレルド=セファランス、セント=ビッヒートによる決勝戦を行う!」
ガレルドの相手の男はガレルドより少し年上といった感じで、彼もまた余裕の表情を浮かべていた。
「聞いたぜ・・・お前の兄貴、あの英雄ヴィッシュ=セファランスなんだってな?」
おそらく相手が次に発言するであろう内容がガレルドには分かっていたのだろう、
彼はあからさまに嫌な顔をして、相手の顔を睨んだ。
「いいよなぁ。兄貴の七光りでいきなりお姫様直属の衛兵だもんな。」
「そんなことが俺とアンタとの試合に関係あるのか?」
「そんなに怒なよ、ただちょっと羨ましかっただけさ。」
発言とは裏腹にセントの表情は皮肉に満ちていた。
「何を喋っている、試合を開始するぞ。」
審判のジェスカル=オーランドが呆れたように割って入った。
彼はバエランス兵団の団長を務める凄腕の兵士だ。
「それでは、試合開始!」
一瞬にして辺りの空気を緊張が包み込む。
互いに抜剣し、構えを取り次の行動に備える。
セントの左足がかすかに動いたが、ガレルドはその変化を見逃さなかった。
「はぁぁぁ!!」
予測どおりの動きで飛び掛ってきたセントを軽くかわし、反撃の態勢をとる。
一瞬の出来事だった。
背中を向けたセントのわき腹に剣の柄で思いっきり打ち込んだ。
「兄さんの七光りだったか?」
悶絶し、倒れ込むセントを見下ろし、今度は逆にガレルドが皮肉っぽく言い放つ。
「勝者!ガレルド=セファランス!」
あっという間のことで、静まり返っていた会場が一気に沸きあがった。
「これで、兄さんに一歩近づいたかな・・・。」
そう呟く彼を祝福するかのように空は晴れ渡っていた。
第2章へ続く・・・