Preciously  第1章―悪夢の始まり

 

 辺りは闇に覆われ、静寂のみがその場を支配していた。
その静寂を打ち破ったのは一人の少年だった。
「はぁはぁ・・・!」
激しく息を切らし走ってきた少年の顔は何かに怯えているようだった。
裸足で山の中を走ってきたせいか、彼の足は傷だらけである。
「いくら逃げようとも無駄だ。」
不気味な笑いを含んだ、声が聞こえ、彼は一瞬にして凍りついた。
この世のものとは思えない、そんな声だ。
しかし、彼はまた走り出す。
「助けて・・・誰か・・・!」
走りながら声にならない声を上げる少年。
しかし、女神は彼に微笑みはしなかった。
「!!・・・行き止まり?」
彼の視線の先には切り立った崖のみが存在し、少年は絶望するのみで、その場に立ち尽くした。
殿程度の時間がたったのかは分からない、だが少年はとてつもなく長く感じたことだろう。
ソレは気配も無く、彼の後ろに存在していた。
「何を恐れる必要がある?」
はっとして振り返る。
ソレは明らかに人間ではなかった。
少年は恐怖におののき、唇は小刻みに震えていた。
「では、儀式を始めるとするか・・・。」
「い、嫌だ・・・。助けて・・・!!」
ソレが手を差し出すと、少年の周りを黒い光の球体が囲う。
「我ガ力ヲ汝ニ与エル。」
球体から発せられた光が少年を包み込む。
「うあぁぁぁぁ!」
凄まじい声が辺りにこだまする。
「今はまだ、その力は扱えまい。だが、いずれお前はその力にふさわしき者になる。」
そう告げた瞬間、ソレは暗闇に姿を消した。
もはや、その言葉は少年の耳には届いていなった。
「う、腕がぁ・・・!!」
少年を包んでいた光は、彼の中に消えた。




 「はぁはぁ・・・。また、あの夢かっ・・・!」
悪夢から目覚めた青年は額に脂汗を浮かべ、激しく鼓動が高鳴っていた。
周りを見渡すと暗く、無機質なコンクリートの壁に覆われた部屋だった。
見慣れた風景に彼は胸を撫で下ろしていた。
彼はデュラン、歳は20、職業は暗殺屋。
「ずいぶんうなされてたね?また・・・あの夢?」
声の先には心配そうな顔をしている一人の青年が立っていた。
彼はルオン。デュランの相棒にして親友である。
綺麗なブロンド、青い目に優しそうな顔、とても暗殺屋には見えないだろう。
「いや、なんでもない。」
平静を装い、そう答えると彼はベッドから降りてジャケットを羽織った。
「なら、いいんだけど。」
言葉とは裏腹にルオンの表情は心配そうである。
「んで、そんなことわざわざ心配して来てくれたわけじゃねぇんだろ?」
鋭い視線をルオンに向け、問いかけた。
「ああ。新しい仕事が入ったんだ。」
さっきまでとは打って変わってルオンが真剣な表情をする。
「クライアントは現ギズダム社社長、ギズダム=イーギン。」
「ギズダム社って言うと軍事兵器を専門に取り扱う会社だったな。へぇ・・・かなりの大物じゃねぇか。」
ギズダム社は軍事兵器業界での最も実績のある会社であるが、その反面悪い噂も多い。
「そうなんだ。クライアントもさることながらターゲットも・・・ね。」
意味深な発言にデュランは怪訝そうな顔をルオンに向けた。
それを察したかのようにルオンが続ける。
「ターゲットは現ルイナス社社長、ウェルソン=ルイナス。」
さすがのデュランも驚いた表情を見せた。
ルイナス社は軍事兵器業界においてギズダム社に継ぐ実績を持つ企業である。
つまり、業界ナンバー1企業がナンバー2企業の社長を殺せ、というのが今回の依頼だ。
デュランは殺害の理由の検討はついたが、あえて口には出さなかった。
殺害理由等、クライアントのプライベートに関わる内容を詮索するのはこの業界ではタブーとなっていた。
「内容は理解した。だが、俺たちは。」
デュランの言葉をさえぎってルオンが話し始めた。
「わかってる。殺すべき人間、そうでない人間を選ぶ。」
彼等は暗殺屋としてはめずらしく、ターゲットを選ぶのだ。
そのため、事前にターゲットについて調査をし、この世界に有害だと判断した場合依頼を受けるといった感じだ。
「なら、もう調査は済んでるのか?」
「それが、クライアントの方が調査書回してきてくれてるんだ。」
ルオンはそう言って調査書を差出し、デュランは黙って調査書を受け取り目を通す。
「へぇ。結構あくどいことしてんだな。」
「うん、ギズダム社の方は噂に聞いてたけど、ルイナス社がこんなことしてたなんて初耳だね。」
怪しく思いながらも、デュランは返答した。
「オッケー。今回の依頼引き受けた。」
普段は必ず自分たちで調査する彼等が、なぜ今回クライアントの調査を信じ、
依頼を受けたのかは分からない。
だが、確かに彼等の悪夢は始まっていたのだ。

「毎度のことだが、これだけは言っとくぜ。」
ルオンは分かってるといった顔をしたが、あえて口には出さなかった。
「関係ない人間を殺さない。これは俺たちのポリシーだからな。」
二人は微笑み、拳を合わせた。


第2章に続く・・・