円教寺境内のほぼ中心地にあるのが "摩尼堂" です。

 "摩尼(まに)" とは梵語(サンスクリット語)で「如意」という意味らしいです。

 とっても大きなお堂でした。
 小さな丘の上に建つ巨大なお堂という光景はとても迫力のある風景でした。

 摩尼殿(如意輪堂) 天禄元年(970)の創建で本尊は六臂如意輪観世音菩薩

 創建前この場所にあった桜を礼拝する天人を見た性空上人が、
 その幹に観音像を刻み、そして岩山の中腹に堂が建てられたそうです。
 京都の清水寺と同じ掛造り(舞台造り)になっています。

 今の堂は大正末期に焼失したものを昭和8年に再建したものだとのこと。

 

 摩尼堂です、階段を上がると結構広い場所になっていてちょっとした休憩所がありました。

 

 摩尼堂を少し遠くから見てみました。
 写真左下にあたる場所には境内唯一の茶屋があります。


 そして、摩尼堂を後にしてさらに奧へと進んでいきます。

 この写真は姫路城主として有名な "本多家" の墓所です。

 土塀で囲まれていて廟屋五棟と本多忠刻らの墓碑が並んでいます。
 千姫の子供のお墓もありました。

 この五棟の廟屋は江戸初期から中期にわたる廟屋の建築としては県下でも例のない珍しいものだそうです。

 

 本多家の墓所からすぐの所に、

 通称 "三つの堂" と呼ばれている "大講堂(写真・右)" "食堂(写真・左)" "常行堂" が見えてきます。

 

 寛和2年(968)花山法皇の勅願で創建された堂で円教寺の本堂にあたる堂だそうです。
 この大講堂が創建されたことで、寺号の "円教寺" を賜ったとのこと。

 迫力満点のとても大きなお堂でした。

 

 "食堂"(しょくどう)とは読みません。 「じきどう」と読むこの堂は修行僧の勉強の場・寝食の場のようです。
 光の加減のため正面から撮った食堂の写真は黒い固まりだったので(^^; 載せていません。

 右の写真は裏の林を撮ってみました...

 

 そしてこれがとても珍しい構造の写真...お互いの堂の屋根が重なっているんです。

 右の写真がその拡大部です、上の屋根が食堂、下の屋根が常行堂です。

 食堂の中が宝物館になっており、受付のおじさんが教えてくれました「必見だよ!」と。

 宝物館の中には "弁慶の机" や "秀吉家臣が柱に書いた落書き" などの貴重な展示品がありました。

 

 これが "常行堂" です。

 

 そして食堂から見た風景をパノラマにしてみました。

 左が大講堂・中央が本多家の墓所・右が常行堂です。

 


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