兵庫県のちょうど真ん中あたりに生野という町があります。

ここはその昔、銀山のまちとして活気あふれるところでした。

今は閉山しており資料館として保存されています。

この生野銀山に行って来ました。

生野町の位置を示した兵庫県地図です
(新しいウィンドウで開きます)

 


 

 史跡 生野銀山 ここが入り口です。

 

 そして進んでいくと坑道への入り口が見えてきます。ここから中へ入り見学します。

 真夏でも寒いぐらい外気との温度差が激しくて入抗後しばらくは、なんだか変な感覚です。

 

 この写真は江戸時代初期に掘られた排水抗です。

 

 これが銀山坑内です。

 写真で見ると坑道は広いように見えますが実際には大人が30cm程ジャンプしたら頭を打つぐらいの高さです。

 結構圧迫感みたいなものもあり、ちょっと怖いです。

 

 この穴は江戸時代のころ使われていたもののようで移動用の横穴です...

 この中を腹這いになって坑道から坑道へと移動したようです。

 当時は電気なんてないからろうそくの明かりだけで作業していた事を思うと、

 こんなところに入ると思うだけで、ただでさえ寒い坑道なのに余計に寒くなりました(^^;

 

 写真ではちょっとわかりにくいのですが、これは深さ50m以上もある穴です。

 上から覗き込むようにして見学するんですが、底の方はモヤがかかっていて余計に怖さを増してます。

 それに...坑内はとても静かで音が無いんです...はっきり言って怖いです(^^;


 このまま世界で独りぼっちになったらどうしよう...なんてことあるわけないけど。

 

 一応ここは資料館なのでこのように人形達も活躍しています。

 しかし...いきなりの暗闇にこの人達が現れるので怖いです(^^;

 ある意味、お化け屋敷より怖いかも...リアルすぎるので(笑)

 

 歴史ファンにとっても嬉しい名所がありました。

 「太閤水」と言うもので豊臣秀吉がまだ羽柴秀吉と名乗っていた頃、

 この生野銀山の水を飲みあまりの美味しさに茶を点てたといわれているそうです。

 暗いところなのでちょっとわかりにくいのですが...

 ヒシャクが備え付けてあって秀吉も飲んだ水を味わえます。とても美味しいです。

 (現在、この太閤水は飲めないようです。)

 

 そんなこんなで銀山の心臓部に当たる機関部にたどり着きます。

 左の写真は...作業員が昇降するために使うエレベーターのモーターです。

 右の写真は...採掘した銀鉱を運び出す為のトロッコ基地です。

 

 これは日本一の鉱脈らしいです。

 突き出た岩の固まりが今にも落ちてきそうで怖いのですが、とても大きな鉱脈でした...


 原石なのでただの岩ですけど(^^;

 

 そして出口も近づき、昔の作業風景が展示されていました。

 このあたりは外部の光が差し込んできていたので人形も怖くないです(^^;

 江戸時代は全て手作業だったようで大変だったみたいです。

 

 そうしてようやく出口です。天気も良かったからか出た瞬間...目がくらみました(^^;

 だいたい平均の見学時間は1時間ぐらいです。

 

 敷地内には資料館があり生野銀山の構内模型や当時の作業道具・作業工程が詳しく紹介されています。


 というわけで以上...生野銀山の紹介でした。