満福寺参拝も終わり、再び江ノ電で一路鎌倉を目指します。

 途中 "江ノ島・稲村ヶ崎" などの景色もなかなかいいものでした。



 そして鎌倉駅に到着。

 乗ってきた電車が古い形式の電車だったので記念にパチリ!



 それからJR側へ移動。

 初めて見る鎌倉駅の外観はTVとかで見てたより以外と小さく感じました。




[ 史跡・その二 "段葛" ]


 

 鎌倉駅から少し歩くと若宮大路の 段葛 "二の鳥居" に出ます。


 これが段葛です。

 写真からはその大きさが想像しにくいかも知れませんが、途轍もなく大きい鳥居・そして以外に広い段葛でした。
 道幅が狭くなるという段葛ですからもっとこじんまりしたものかと思っていました。


 段葛が作られた経緯は...

  頼朝の妻・北条政子の安産を祈願して造営したということです。
  神の崇高さを表現すると同時に頼朝自身の威厳を高めるために遠近法の原理を利用して道幅を狭くしていったのだといわれています。

 1182年造営といいますから幕府開設の10年前に造られたことになります。
 鶴ヶ岡八幡宮はさらにその2年前、現在の地に建てられました。

 

 現在の段葛は、この "二の鳥居" から "三の鳥居" までの500mが残されています。
 かつては、由比ヶ浜の "一の鳥居" から続いていたのですが明治時代の鉄道建設や整備の際に、二の鳥居までが取り壊されたそうです。


 現在 "一の鳥居" も道路の中央に立っていますが段葛の面影はありませんでした。

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 二の鳥居から歩いて10分ほどで、この場所 "一の鳥居" に着きます。(本当は夕方に行ったのですがここで紹介します)
 鳥居の両側が車道になっています。この辺りは1車線で鎌倉駅や段葛辺りより狭くなっています。

 

 左の写真は少し手前の歩道橋の上から撮った一の鳥居です。向こうが由比ヶ浜海岸方面になります。
 右の写真は現在の若宮大路です、遙か遠方が鶴ヶ岡八幡宮です。

 こうやって一の鳥居から鶴ヶ岡八幡宮までを見ると、往時の段葛がどれ程のものだったか...
 ましてや鎌倉時代では高いビルもないし視界を遮るものもありませんから、
 遙か向こうに見える鶴ヶ岡八幡宮は素晴らしいものだったでしょうね。

 写真を見ても分かるようにこの鳥居だけ白いです。
 これは花崗岩を使っているらしくその云われも書いてありました。
 (原文そのままでは分かりにくいので自分なりにまとめています)

 浜の大鳥居とも呼ばれるこの鳥居...

 創建は源頼朝の時代に遡ります。
 その後、幾度かの造り替えがなされており現在のものは寛文8年(1668)の建造らしいです。
 それまでは木造だったようですが、この時に石造鳥居となりました。

 そして関東大震災の時には鳥居の上半分が崩壊してしまい、
 現在立っている鳥居は昭和11年に一部新材を補って復旧されたものということでした。

 そのときに花崗岩が使われたためこの鳥居だけ色が白く見えるということです。
 現在、一の鳥居で当時のまま(頼朝の時代に建てられたもの)残っているのは台座(鳥居の土台)だけということでした。

 東側柱の旧材部分に 「寛文八年戊申八月十五日 御再興 鶴岡八幡宮石雙華表」 と刻まれています。

 

 鎌倉の主たる史跡には必ずこのような石碑の説明書きが建立されています。
 これは大正時代に "鎌倉町青年會" という方たちによって建てられたようです。

 当時の仮名遣いなので多少読むのに苦労もしますが、鎌倉の人たちの郷土に対する想いは素晴らしいですね。



 そして段葛を歩きました。

 段葛っていざ写真を撮ろうとしても以外と構図がないんですよね...この写真だけで分かるかどうか...

 鶴ヶ岡八幡宮へ向かうにつれて横幅が狭くなっているのは有名です。
 この時も歩き始めは友人と並んで歩いてもまだまだ充分な横幅がありました。
 話しながら歩いていて途中ふと気がつくと...
 明らかに一目で狭くなっているのが分かりました。
 実際に歩いてみてそれを実感し、とても嬉しくなりました。

 段葛の両脇に植えられている木は桜です。
 春になると満開の桜が咲き誇り、友人が言うにはそれはもう素晴らしい景色だそうです。



 そして三の鳥居に着いた頃には歩き始めた場所より約半分ぐらいの狭さになっていました。
 正確には二の鳥居付近は横幅5m・三の鳥居付近は3mだということです。

 これが段葛・三の鳥居、ここで段葛は終わります。
 鳥居をくぐると鶴ヶ岡八幡宮の敷地です。



 そしてここで振り返って見た段葛が面白く見えました。

 というのは...

 遠近法で遠くが狭く見えるのは普通ですよね、道幅が同じところでもそう見えると思います。
 しかし段葛は狭くなっています。

 三の鳥居から二の鳥居方面、
 つまり段葛を狭くなっている方から広くなっている方へと逆の方向から見てみました。
 すると、なんと...遠近法が効かなくなる視点!?というのか...

 狭い方から広い方を見たので遠近法の逆で!?というのか...段葛はどこまでも一直線で同じ道幅に見えました。

 つまり遠くの広い道幅が遠近法により手前の狭い道幅と同じ幅に見えていたのです。
 これを見たときはわれながら結構細かいところまで見るな(^^;と思ってしまいました。

 残念ながらこの写真はありませんが...この光景はご自身の目で確かめて見ると感動しますよ。


 そして段葛を歩いてきて、鶴ヶ岡八幡宮まで来ましたので、次の史跡へ向かいます。

 鶴ヶ岡八幡宮は後に回して、先に大蔵幕府跡・源頼朝の墓を見に行く計画を立てていたのでそちらへ向かいます。

 


それでは次のレポートへ移ります。

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