源氏山を下り鎌倉駅へと足を進めました。
 次は江ノ電で1駅の移動 "和田塚" へと向かいます。




[ 史跡・その十三 "和田塚" ]


 

 江ノ電「和田塚駅」で降り、徒歩1、2分で和田塚に着きます。
 駅からも見えているのでそう遠くはありませんでした。

 住宅地の一画に蒼々と生い茂る林の和田塚...ここは "和田一族" 終焉の地です。

 

 小さな公園程の大きさに和田塚は祀られています。
 ひっそりとしていて木々に遮られ、日が射すこともない寂しい場所でした。

 

 

 この和田塚は...

 和田義盛ら一族が幕府に戦いを挑み、散っていった最期の地です。

 建保元年(1213)に和田氏の数人が謀反を企て北条義時らに過大な罪で捕らわれます。
  (この事件については先に頼朝の墓のページで説明しています)
 その際、和田義盛らが幕府に戦いを挑み、逃れのがれたこの地で悲運ながら最期を遂げました。

 今では、この辺りは住宅地で何事もなかったかのような佇まいを見せています。
 大きな石碑と小さい無数の多宝塔が建ち、とても華やかとはいえませんが、
 数々の戦い・運命をきりぬけてきた和田一族の繁栄ぶりがうかがえます。

 頼朝が存命の頃は幕府要職人としてその地位を築いていましたが、
 北条氏が執権となる頃には官僚職から退いていました。
 時代に翻弄されて生き抜いてきた武将・和田義盛の最期の地...感慨深いものがそこにはありました。

 なんて想いにふけっていると...蚊の大群が(^^; それもそのはず、ここは藪そのもの...
 ものの見事に足・首・腕を数カ所刺されました。

 ...なんて事もあり早々に退散...

 この後、首がずっと痛くて治るまでに2週間程かかりました。
 ま、こういうのも鎌倉での思い出ということで...


 次の史跡へ向かうため江ノ電に乗り「長谷駅」へ向かいます。

 


それでは次のレポートへ移ります。

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