@公演の内容から
「坂本竜馬関係資料一括重要文化財指定となったその背景について」
坂本竜馬が生きた時代、江戸時代末期の動乱の世...歴史学術上
"近現代" とよばれているそうです。
そして、この近現代(明治維新も含め)が現代からみても重要文化財指定に値する時代になってきた。
そうしたことがまず表面化してきたことで、今回の重要文化財指定への道が開けたということでした。
この幕末・明治維新の重要文化財指定第1号候補にふさわしい人物としてあがったのが「坂本竜馬」だったということです。
しかしながら、その条件はとても厳しく...
・一括資料であることが前提
・その家系から出たもの限る(美術資料とよばれる鑑定によって価値のついたものは除く)
・"京都国立博物館" "宮内庁" "国会図書館"
そして重要文化財指定となると "文化庁" の協力が必要
・外国への懸念もあり、幕末志士の重要文化財指定は今まで何度か話はあったがことごとく見送られてきた
(伊藤博文・山県有朋
など、日清・日露戦争まで生きた人物は対象外とされた)
・坂本竜馬の一括重要文化財指定は、15件目ということで、今までにも例が少ない
その人物に対する関係資料ということが前提で、とても審査が厳しい。ということでした。
慶応4年1月23日 "暗殺禁止令"
が発布され(京都二条城前に立て看板で発布)
歴史的政治的背景としても、坂本竜馬の暗殺はその後の政治の流れにとても大きな事件であったことも背景にあったということ。
そういった事から、今回の重要文化財指定に結びついたということでした。
ちなみに、坂本竜馬関係資料のなかで、
・紋服は損傷が激しいため複製品を作った。
・血染めの屏風は近江屋の寄贈により関係資料に含まれた。
・血染めの掛け軸は生前の坂本竜馬への贈り物とされているため、坂本家のものとして関係資料に含まれた。
・手紙は1日に3通は書いたといわれ、1通で3m50cmもあるものは前代未聞だということ。
・竜馬が高知で少年時代に剣術を習った"小栗流"は下士独特の多武芸派であり、そのような流派の資料が残るのはとても珍しい。
など...非常に貴重な文化財として指定されたということです。
現在この世に残っていないものも残念ながらあるようで、
坂本竜馬夫人 "お龍さん"
が、竜馬の眠る霊山の地に菩提を弔いたいと庵を建て過ごしていましたが、
とてもやりきれない想いとなり、手元にあった手紙など全て焼き捨て高知へ渡ったそうです。
そのため現代残っているものが全てとはいえない...ということでした。
このような背景においての今回の重要文化財指定...
日本にとって誇りの持てる素晴らしい資料になっていくのだな...と考えさせられた公演内容でした。