11月15日の坂本龍馬墓前祭から一週間後に母親と京都に行き、主に東山方面を歩きました。

自分の中ではまだ墓前祭の余韻が残っている京都観光でした。

 


京都...去年ネットで知り合った幕末ファンの方たちとの出会いもあり、
前々から好きな土地でしたが、益々自分の中で特別な存在へと変わってきました。

今回の京都巡りは、東山方面を主体に回りました。
墓前祭の時は人が多くてゆっくりお参り出来なかったので時間をかけて見ておきたかったのも目的の一つでした。


 

東山で巡った史跡

(史跡名クリックでジャンプします)

後白河天皇陵
養源院
智積院
二年坂 竹久夢二寓居跡
月真院(御陵衛士屯所跡)
酢屋

 

 JR京都駅前から路線バスに乗って 「三十三間堂・博物館前」 で降ります。

 昨年8月に長野から車でやってきた京都国立博物館を目の前にして、
 三十三間堂の奥へと歩いていき "養源院" へ向かいます。


 その前に "後白河天皇陵" へ行きました。

 養源院のすぐ横、細い参道の奥に後白河天皇陵があります。

 前から地図で場所は知っていましたが、今回やっと行くことが出来ました。

 この参道奥に後白河天皇陵があります。

 日本一の大天狗と言われたほどの人物にしては以外と寂しい場所なんだなぁ...なんて思いながら奥へと歩いていきました。

 右写真の標柱は参道右手に建っています。

 

 そして参道の突きあたりに看板での説明書きがありました。

 写真が小さく文字が読みとれませんが、後白河天皇以外にも何名かの天皇が眠っています。

 

 上部右写真の奥にある3段ほどの階段、その先左側に柵が立ててあります。

 そこから見たのがこの写真 "後白河天皇陵" です。
 綺麗に手入れされた陵内はとても格式高く見えました。

 宮内庁管理ですから中へ入ることは出来ませんし、真の姿を見ることも出来ません...

 けれどもこの奥に眠っているんだなぁ...と思うと・・・時代を超えた対面・・・というかそんな気が。
 とても静かな場所で知る人ぞ知る!といった感じでした。



 そして "養源院" へと向かいます、すぐ隣なので時間はそうかかりません。

 後白河天皇陵から歩いて1分ほどの距離でした。

 養源院の門前正面です。

 

 そして、これ...養源院・血天井の看板が...とても大きな存在感あります(^^;

 

 養源院の参道です、木立の中を歩いていきます。
 この日の天候もあってか、とても爽やかというかそんな感じの風景でした。

 

 そして、これが本堂です。この中に入り見学します。


  養源院・・・豊臣秀吉の側室 "淀" が、実父である "浅井長政" の21回忌に秀吉へ願いをして建立されました。
       その後、火災で消失しますが徳川2代将軍 "徳川秀忠" 夫人の "崇源院" により再建されます。
       再建の際に伏見城の廊下を移築して将士の霊を供養したものが今の本堂になっています。
       このため伏見城落城でついた将士の血痕が今でも鮮明に残る血天井として有名になっています。


 ここの見学方法はなかなか面白いもので、ラジカセのテープでの説明を聞きながら一カ所ずつ回ります。
 そしてテープの説明が終わると係りの方が更に詳しく説明してくれます。

 血天井のイメージしかなかった養源院でしたが、
 ・俵屋宗達のふすま絵
 ・本堂の廊下は全てうぐいす張り
 ・豊臣秀吉が寝起きしたといわれる部屋
 ・徳川家康らと軍議(または勉強会)を開いた部屋

 等々...それは素晴らしいものばかりでした。

 当日は自分たちの他に数人しかいなくて比較的ゆっくりと見学できました。
 本堂の中は撮影禁止、メチャメチャ薄暗くて気持ち悪いです(^^;

 そして見たかった血天井...はっきりした手形あり・足形あり・・・とても凄い・・・
 係りの方が竹竿で箇所を指しながら説明してくれました。

 中でも凄く印象深かったのは、
 伏見城を死守し最期に自刃した 「鳥居元忠」 その姿がはっきり残っていました。

 刀を縦(刀先を下方)に持ってうつぶせになっており、
 足を数字の4のように折り曲げて、顔・体・足の先まで...鮮明に見ることが出来ました。

 凄かった...怖かった...でも感動しました・・・時空の出会いだ!なんて思いました。

 ここは行く価値ありです!お勧めです。



 そして、養源院をあとにして...

 バスで東山方面へ行くか、はたまた歩いていくか...歩いていく事にしました。
 途中乗車だとバスが満員で乗れなかった事もあったけど、やはり京都は歩いて回るのが一番だ(^^)と言うことで。

 先ほどの養源院から少し歩いた交差点で見えてきた智積院へ行きました。

 とにかく敷地が広い...というか広すぎます(^^; とても壮大な寺域です。

 そんなに興味ある場所ではなかったので全部は見て回りませんでした。
 それに・・・史跡とか歴史に深く関係してないと興味が湧かない様子、我ながら困ったもんだ(笑)

 しかし、この智積院は、土佐藩主 "山内容堂" が京都在留の時、ここに暫くいた場所だったような...
 だとしてもそういう事はどこにもなかったし説明もされてなかった気が...

 見落としてるだけかも知れない、いや・・・そう考えればきっとそうかも知れない(^^;


 宝物館として厳重に展示されていた国宝の障壁画、これは見事なものでした。
 現存する絵として、楓図・桜図・松に秋草図・松に黄蜀葵図・雪松図・松に立葵図・・・長谷川等伯一派による作だということです。

 撮影禁止のため写真はありませんが、それはもう素晴らしく綺麗でまさに豪華絢爛!
 桃山文化を伝える華麗な屏風・ふすま絵の展示でした。

 

 それから順路を進んで行き、
 沢山の人が座ってひとときを過ごしていた場所が名勝庭園(らしいです・・・こういうのは興味ないので^^;)

 利休好みの庭と伝えられ、中国の廬山を形どって作られているそうです。
 5月下旬〜6月下旬、サツキの咲く頃が一番の見頃らしく、この時期に来れば綺麗なんだろうなぁ...と。

 

 そうして、庭園をあとにしてまた広い敷地内を散策...これは金堂です。
 ここは見応えありました(^^)とても大きな建物で驚きます。

 消失したため創建当時のものではないということでした。

 そして、智積院拝観を終え...あとは全て歩いてまわりました。

 


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