元来歴史好きだった自分ですが、
インターネットを始めてから親しくなった友人たちに影響を受け、
今年1999年春頃から幕末に興味を持ち始めました。

以前から歴史は好きで、中でも源平関連に非常に興味を持っていました。

主に興味のある時代といえば、

源平の氏たちが生きた時代・・・平安後期(藤原時代)末期〜鎌倉時代初期

日本が忘れてはならない怒濤の昭和・・・主に太平洋戦争

そして今回、興味を持ち始めた江戸時代末期(明治時代初期も少し)

それと共に小説を読んで初めて知ったことが多々あった
戦国時代後期〜安土桃山時代〜江戸時代初期
(織田・豊臣・徳川時代の移り変わり)


幕末関連で始めて読んだ小説 司馬遼太郎さんの 「竜馬がゆく」 に多大な興味をおぼえ、
徳川幕府が成立し土佐藩の起こりまで...を小説で辿ってみたりもしながら、
自分なりに幕末というものを勉強していました。

幕末に興味を持ってからこれまでに読んだ小説は、

「竜馬がゆく」 坂本竜馬
「夏草の賦」 長曽我部元親
「戦雲の夢」 長曽我部盛親
「功名が辻」 山内一豊
「最後の将軍−徳川慶喜−」 徳川慶喜
「燃えよ剣」 新選組・土方歳三

すべて司馬遼太郎さんの小説です。


そうして...

坂本竜馬関係資料が今年度の「重要文化財」に指定されることになり、
資料保管地である京都国立博物館での特別展示に行くことになりました。

 


 

■京都国立博物館■

平成11年度新指定国宝・重要文化財展
(平成11年8月4日〜9月5日)

特別陳列 重要文化財指定記念 坂本龍馬

この特別展が開催されている期間中の8月31日に京都に行きました。

 


 

 名神高速道路・京都南I.Cより京都市内へ...

 久々の京都だったので地図で確認しながら、目的地の京都国立博物館へ。

 駐車場には車が3台...少ないなぁ(^^;
 まぁ時間が開館直後の午前10時過ぎだったから空いてたのかな。

 隣接している南入口は工事中で閉まっていたので5分ほど歩いて正面入り口へ向かいます。

 この日、天気は素晴らしい快晴!そして途轍もない暑さの中・・・(確か33℃)
 背中を滝のように汗が流れて気持ち悪い(^^; 早く行かないと日射病で倒れそう...早足で正面入り口へ。

 国立博物館の向かいには "三十三間堂" その奥には "養源院" あぁ京都だなぁ(^^)

 

 そして正面入り口へ到着!「ほ〜これが国立博物館か〜(^^)なかなかの貫禄」

 

 真っ正面の本館は工事中、更に閉鎖中...ありゃりゃ(^^;

 足場に囲まれていたのがとても残念!一応写真撮ったけど見れたものではなく(^^;



 展示物のある新館へ向かいます。

 中へ入った途端、冷房が...生き返った(^^; 一瞬にして汗だくの体がサッパリ。

 まず記念スタンプを押しました。


 いよいよ見学です...当然ながら館内は撮影禁止。

 国立博物館だけあってさすがに素晴らしいものが多々ありました。
 特に仏像関係は時間をかけて見ていました、とても心が落ち着きます。

 通常の展示品もゆっくり見たいんだけど、
 でも早く竜馬展を見たいし、でもせっかくだからゆっくり見たいし...なんて思いながら...



 いよいよ竜馬展の部屋へ。

 

・・・・・今回の展示物内容・・・・・

坂本家先祖書並系図 (新指定重要文化財)
  <以下8件の文書を貼り込んだもの>
 −先祖書指出控 坂本長兵衛 筆
   (戦国時代末山城国より土佐移住の坂本太郎五郎〜天保9年坂本長兵衛までの先祖書)
 −坂本氏家系図(一)
   (坂本太郎五郎より習吉まで)
 −坂本氏家系図(二) 坂本権平作成
   (傍系の山本氏、宮地氏、川田氏を含む家系図)
 −坂本氏家系図(三) 坂本権平作成
   (才谷屋八郎兵衛より養子弥太郎まで)
 −高松太郎書簡写 坂本権平ほかあて
   (龍馬殺害の経緯を龍馬の甥で海援隊士であった高松太郎が
    書いて郷里の坂本権平・乙女・春猪に知らせた手紙文の写し)
 −龍馬書簡写 坂本権平一同あて
   (慶応2年1月23日夜、寺田屋で補史に襲撃された際の様子を家族に知らせた手紙の写し)
 −板垣退助碑文
   (高知桂浜の龍馬記念碑の銘文を写したもの)
 −奏状写
坂本龍馬桂小五郎遺墨 (新指定重要文化財)
  <以下の書簡類14通台紙貼付>
 −坂本八平訓戒書 龍馬あて
   (龍馬19歳の春、江戸の千葉道場への剣術修行に出立する際に父が渡した「修業中心得大意」)
 −桂小五郎書簡 龍馬あて
   (薩長同盟裏書の礼と寺田屋遭難の見舞いの手紙)
 −龍馬詠草一
 −龍馬詠草二
 −龍馬書簡七 長岡謙吉あて
   (土佐須崎港より京坂にとどまる海援隊士長長岡謙吉にあてた消息文)
 −龍馬書簡六 乙女・おやべあて
   (京都河原町酢屋でしたためた姉乙女あての長文の手紙)
 −龍馬書簡二 乙女あて
   (長州藩下関砲撃事件の感想、乙女の不満をいさめる件、土佐勤王党弾圧を悲しむ内容、等)
 −龍馬詠草三
 −龍馬書簡八 権平あて
   (上京後の無事を兄坂本権平へ知らせる内容、故郷への最後の手紙)
 −千鶴書簡 龍馬あて
   (江戸修行中の龍馬に姉の高松千鶴が出した気遣いの手紙)
 −龍馬書簡三 乙女・おやべあて
   (伏見寺田屋より、土佐同士の近況、妻お龍の紹介文など)
 −龍馬書簡四 乙女あて
   (妻お龍との鹿児島への新婚旅行の様子を含む。龍馬の手紙を代表するもののひとつ)
 −龍馬書簡五 乙女あて
 −龍馬書簡一 乙女あて
   (土佐脱藩後1年を経て、幕臣勝海舟の弟子となり海軍創設に奔走する内容を知らせる手紙)
龍馬乃遺墨雄魂姓名録並海援隊日史秘記 (新指定重要文化財)
  <以下3通の文書を貼り込んだもの>
 −雄魂姓名録
   (坂本龍馬・海援隊士などの複数の手による雑記帳)
 −海援隊商事秘記
   (海援隊と丹後田辺藩との商法契約、長崎での蘭商ハットマンからライフル銃1300丁購入の契約文)
 −海援隊日史
   (龍馬脱藩罪赦免と海援隊隊長任命状の写し、海援隊約規、新政治体制構想草案、など。幕末史の貴重な資料)
小栗流和兵法目録 (新指定重要文化財)
   (龍馬の江戸出立直前に道場主日根野弁治から与えられた武術免状)
小栗流和兵法一二箇條二十五箇條 (新指定重要文化財)
小栗流和兵法三箇條 (新指定重要文化財)
坂本龍馬書簡集[京都大学付属図書館蔵]
  (長州藩士の印藤肇あて4通)
 −慶応元年十月十二日
   (長州薩摩融和の方策あるいは桜島丸条約の件)
 −慶応元年十二月二十九日
   (薩長同盟締結へ龍馬上京の予定)
 −慶応二年二月三日
   (伏見寺田屋一戦の略)
 −慶応三年三月六日
   (竹島開拓の件、和歌ほか)
坂本龍馬書簡集[京都府立総合資料館蔵・京都府京都文化博物館管理]
  (伏見の寺田屋お登勢・伊助あて5通)
 −慶応三年五月中旬
   (海援隊長申付の件、いろは丸の衝突の件)
 −慶応二年十一月二十日
   (お龍老母の世話御礼)
 −慶応三年四月二十七日
   (お龍の妹楢崎君江への気遣い)
 −慶応三年二月十三日
   (下関伊藤助太夫方あて返事希望の件)
 −慶応三年八月五日
   (土佐須崎港からの消息文)
紋服(坂本龍馬着用) (新指定重要文化財)
   (黒地羽二重、組合せ角に桔梗紋入り)
三徳(紙入れ) (新指定重要文化財)
   (坂本龍馬所用、折りたたみ式、銀糸綴錦織)
刀 銘吉行
   (休鞘に「坂本龍馬佩用 大正二年一二月二十六日釧路市大火ノ際罹災ス」の墨書)
梅椿図(板倉槐堂筆) (新指定重要文化財)
   (慶応3年11月15日京都近江屋での龍馬暗殺時の遺品、下部に血痕あり)
書画貼交屏風(近江屋旧蔵) (新指定重要文化財)
   (竜馬の暗殺時に近江屋二階に置かれていたとされるもの、左下に飛散した血痕)
下関長幕海戦図(坂本龍馬筆)[個人蔵]
   (関門海峡での長州軍と幕府軍との戦闘の様子を図解したもの)

 

 先ずは手紙から...実物と何が書いてあるか?の説明書きと比べながらじっくり見ていきました。

 と、ある書の前でしばし立ち止まり...あれ!?

 "坂本龍馬遭難通知状" という文書の冒頭、暗殺された日付が 「10月15日」 となっていました。

 この書は高松太郎が慶応4年1月23日に書いたものだと説明書きがありましたが、
 展示されていた書は写しだということだったので書いた人が間違った?のかなぁ...と思いながら...


 とりあえず前へ進み...見ていきました。

 "坂本八平訓戒書" では 「色情にうつり・・・」 の文字を発見し...あっ、本物だ...(笑)


 

 "龍馬詠草"(竜馬の読んだ和歌)は全てメモに書きながら閲覧...しかし後で見ると買った竜馬関係資料に全て載っていた(^^;

  以下 "龍馬詠草 一 ・ 龍馬詠草 二 ・ 龍馬詠草 三"


龍馬詠草 一


龍馬詠草 二


龍馬詠草 三


 

 そしてこの詠草を書きとめたあと、
 姉の千鶴からの手紙、竜馬が最後に土佐へ出した手紙などを見て。

 あの有名な霧島山の手紙の前まで来ました、竜馬が日本で初めてだったといわれる新婚旅行の手紙...
 TVとかでは何度か見ていたけれど、まさに今...目の前に本物が!(^^)嬉しかった。

 霧島登山の説明が事細かく書かれていたのもここで初めて知りました。
 "さかほこ引っこ抜いた!" の部分を見つけると思わず...あっ、これこれ!と(笑)


一応自作の絵です・・・

 

 そして...海援隊の取引密書や小栗流の目録、伏見寺田屋のお登勢さん宛の手紙などが展示してあり、

 何を見るにしても全てのものに 「ほ〜」 とか 「へ〜」 とか思いながら見ていました。

 ただ文字が昔の書き方だから殆ど読めないので、説明書きと比べて見ていたので結構目の疲れが(^^;


 そうして見ていきながら、いよいよ...竜馬が着ていた紋服の前へ!

 本人が着ていた姿を想像しながら見ていると、
 なんだか立体像の竜馬というか本人がそこに今でもいるような気がしてきて...

 この旅で初めて竜馬という人を小説や文章のなかだけじゃなくて、
 実際にこの目で見れた!というのかな...そんな気がしました。

 竜馬の愛刀 "陸奥守吉行" も実物を見れて感無量でした。
 「これかぁ!...本物なんだよなぁ」・・・でもこれは重要文化財指定ではないようでした。


 そして最後に...

 血染の屏風と掛け軸を見ました。

 ん〜なんて言ったらいいんでしょうね...胸が痛くなります...血しぶきが...かなりショッキング...

 すぐ横に竜馬の着ていた服があって、ここには竜馬の血が...
 今回を逃したらもう見れないだろうから、しっかりこの目に焼きつけてきました。

 そして約1時間、竜馬展の部屋にいました。

 ちなみにこの日、観覧者は少なかったけど、
 と思ったらみんな目的は同じだったようで、この部屋だけ人がいっぱい(^^)


 帰るのは名残惜しいけど...帰りたくなくないなぁ...なんて思いながら次のコーナー「能装束」へ。

 竜馬さんがよほど素晴らしかったんでしょう...もう見る気全くなし(^^;
 この8月の初めに松本城で能を初めて見て興味を持っていたにもかかわらず...

 さらにその次にあった銅鏡の部屋はさっさと一回りして終わり...勿体ないのか、これは仕方がないことか(^^;


 で、このまま帰るのは惜しい!再び竜馬展の部屋へ。
 もう一度ひととおり見てまわりました。


 今回は来て本当に良かった!と思いました。

 確かに竜馬さんはここにいました。
 少なくとも自分には見えた!そういう気がします。

 また自分の中で竜馬さんへの想いが確実なものへと変わった1日でした。

 そして1階に降りて売店で買い物。
 「坂本龍馬関係資料」「坂本龍馬絵はがきセット」「日本逆算年表」を買いました。

 売店には源頼朝肖像画もあって欲しいなぁと思ったけど高い...(^^; 買えません...

 「便利堂」という名前がついていたここの売店には興味をそそるものが沢山ありました。


 このあと駐車場へ戻り、次の目的地 京都霊山護国神社 へ向かいました。