京都霊山護国神社の墓域に天誅組のお墓があります。

文久3年(1863)8月17日、奈良の五條代官所を襲撃して討幕運動の烽火を上げた天誅組。

孝明天皇の大和行幸を期に一挙倒幕をはかろうとしましたが直前に大和行幸は中止、

五條代官所を襲撃占拠した天誅組は大義名分を失い追討軍との応戦も空しく大和の地に命を落としました。


 

 吉村寅太郎のお墓・天誅組総裁の一人として生き抜いた幕末の志士

 

 左から、那須信吾・池内蔵太・森下幾馬・松本謙三郎の墓碑。

 

 天誅組の墓所を横から見た風景。

 

 下から眺めてみました。

 

 ツツジが綺麗に咲いていました。