
1998年2月撮影
松本城の起源は、戦国時代の "深志(ふかし)の砦"
だといわれているようです。
当時この地方を制していた小笠原氏の命により永正元年(1504年)一族の武将・島立右近によって築城されました。
しかし、天文19年(1550年)武田晴信(のちの信玄)が占領し、武田家信濃国支配の重要な基地となります。
その後、天正10年(1582年)武田一族は織田信長により滅ぼされ・・・本能寺の変が起こり・・・
その混乱の中で、壊れていた "深志城"
を小笠原貞慶が修復、その時 "松本城"
と名前が変わりました。
そして豊臣秀吉が天下を統一。小笠原氏は関東へ配置転換され代わりに石川数正が入城しました。
石川氏は、小笠原氏の築城構想を遙かに上回る本格的な近世城として松本城築造を計画します。
間もなく数正はこの世を去りますが、実子康長の手により天守・御殿・櫓などの築造で現在の形が出来上がります。
松本城の天守は5層6階で、鉄砲を使った戦いを想定して作られており、
当時は写真に見える内堀の外に2重の外堀があり、計3重のお堀がありました。
そして堀の間に城下町が整備され今でもその名残として城下の面影が残っています。
そして、時代は変わり明治。城が売却されそうになったり荒れ果てる一方の中で、
松本天守閣保存会が設立され、大正初期松本城は甦りました。
その後も昭和・平成と時代が変わる中で幾度か修復を受け、松本城は国宝として現在も堂々たる姿を見せてくれています。
なお、現在国宝に指定されている城(天守閣)は、
松本城(長野県)・犬山城(愛知県)・彦根城(滋賀県)・姫路城(兵庫県)です。
これが松本城です。デジタルカメラを買って初めて撮った写真です。
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この写真では少しわかりにくいのですが、
城に雪がかぶっててとても綺麗だったので、買い物の途中にちょっと寄り道をして撮りました。
ちょうど夕暮れ時で人も少なく静かな松本城でした。