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読書日記


←前月 2日 もう7月

【オリガ・モリソヴナの反語法】米原万里(集英社)
【湖畔亭事件】【空気男】【パノラマ島綺譚】江戸川乱歩(江戸川乱歩全集2・光文社文庫)

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6日 奇跡というのは、あるんだろうか

【肩胛骨は翼のなごり】(山田順子訳・東京創元社)

9日 クリスティー特集(^◎^)

【青列車の秘密】アガサ・クリスティー(青木久恵訳・早川書房クリスティ文庫)
【邪悪の家】アガサ・クリスティー(田村隆一訳・早川書房クリスティ文庫)

12日 不法移民

【この道のむこうに】フランシスコ・ヒメネス(千葉茂樹訳・小峰書店)

13日 題名に惑わされないようにしよう

【痛快「捨てない!」技術】町田忍(岳陽社)

17日 まさに今、読んでます(^◎^)

【孫が読む漱石】夏目房之助(実業之日本社)
【30日でできる−OS自作入門】川合秀美(毎日コミュニケーションズ)

28日 面白い本、そうでない本、いろいろ

【牧師館の殺人】アガサ・クリスティー(田村隆一訳・早川書房クリスティ文庫)
【国家の品格】藤原正彦(新潮新書)
【むだに過ごした時の島】シルヴァーナ・ガンドルフィ(泉典子訳・世界文化社)


7月2日(日)

もう7月

あっという間やなあ。って日記にも書いたなあ。もう言わんとこう。

「オリガ・モリソブナの反語法」(米原万里)は、もう借りるのは3回目か4回目やったな。どういうわけかいつも読まずに返してしまってた。なんでやろうナア。まあ分量が大きいからついつい後回し後回しにしてて、結局読まずに終わるってことやったかも。それか、ほかの米原さんの著作(嘘つきアーニャとかシモネッタとか)と同じような話かなあっていう先入観があって、まあ特に読まなくても・・・とも思ってたかな。

しかししかししかし。これは他の米原さんの著作に比べて、格段に分量が多いだけでなく、内容も複雑、謎解きの面白さも一級、さらにはシモネタ含みのユーモアも相変わらずで、楽しく読めてドキッとさせて、考えさせられて希望を持たせる。「嘘つきアーニャ」も謎解きの面白さはあったけど、この「オリガ・モリソブナ」の複雑な、そして大きな悲劇の前にはかすんでしまうかも。

主人公志摩(シーマチカ。著者がモデルやろう)が、チェコのソビエト学校に通っていたときの、つまり少女時代の学校の舞踏の先生オリガとその友人のちょっと痴呆症になったようなフランス語教師の秘密、さらには同級の生徒ジーナとの関係、その謎を解くために、ソビエト崩壊後のモスクワで奔走する、というお話。

スターリン時代の「粛清」を告発し、同時にその時代を生き抜いた人たちを描いて、勇気を与えてくれる。この時代のソビエトを告発した話って、案外少ないような気がするなあ。いまだに公に出来ない雰囲気とかがあるんだろうか。

もちろん、これはフィクションなんだけど、ここに書いてある「粛清」の実態は、おそらくはきちんと取材した、あるいは本人に直に確かめた内容だろう。戦争を告発する小説や人種差別を告発する小説は枚挙にいとまがないといえるけど、ほんまにこの時代のソビエトのことは、あんまり書かれてないよなあ。ただ雰囲気で「共産主義時代の、スターリン時代のソビエトは」という論調だけで、実態はどうやったかっていうことは(ソビエトが崩壊した今や)あまり話題にならへんのかも。

でも、戦争を語り継ぐように、この歴史もちゃんと語り継いでいかないといけないんじゃないかと思うなあ。

という、表向きというか「告発もの」としての面白さと別に、「謎解き」の面白さも一級でね。最後の最後でどんでん返しがあったりして(ああ、これはもう、悲劇以上の悲劇!)、ほんまに面白かった。


光文社文庫から出てる「江戸川乱歩全集」は、「小説全集」でも「傑作集」でもないところがすごい。しかもそれを文庫でやってしまうなんてなあ。

今の時代にはそぐわない表現や設定も色々あるはずなのに、いまだに認められてこうやって全集ものが出されるっていう江戸川乱歩のすごさみたいなものも感じるけど、ともかく「全著作」を文庫化するっていうのは、考えても出来ることやないと思うなあ。

ともかく、手軽に江戸川乱歩の作品に触れられるってことになってね。読んだのは第2巻の「湖畔亭事件」「空気男」「パノラマ島綺譚」の3編。

まあどれも「推理小説」としてはどうかなあ、と思うような内容なんやけど、手軽な読み物としてはいい出来やと思うね。「空気男」だけは未完やから、どうにも評価のしようがないけれど。こういう「未完もの」も含めてしまったところが、この全集のすごいところやね。

この3編は、どちらかというとおどろおどろしい、江戸川乱歩独特の世界が充実していますね。もちろん、ただ「おどろおどろしい」だけでは、今の時代にも読まれるってことはないわけで、だから読んでるうちに引き込まれる、今の時代でも通用する何かがあるのは確かなんやけど。それか、ひょっとしたら今の時代になって、これがかかれた当時と同じように、読んで面白い時代に戻ってるってことになってるのかも。それはちょっと怖いけどね。


7月6日(木)

奇跡というのは、あるんだろうか

デイヴィッド・アーモンドの「肩胛骨は翼のなごり」(山田順子訳・東京創元社)は、児童文学のデビュー作なのだそうだ。

田舎の古い家に引っ越してきた家族。主人公の少年には両親と、体の弱い赤ん坊の妹がいる。妹は病院に入院して、手術を受けなければいけないほどだ。

引っ越した家には「ガレージ」と呼ばれる古い離れ小屋がある。少年がそこに入ってみると、中には汚らしい男が居た。どうやら病気らしいが、人に助けを求めることも嫌らしい。よく見ると、彼の薄汚れた上着の背中のところは、異常に盛り上がっていて・・・

やがて男と親しくなる少年。男の正体は? そして病気の妹の運命は?

と書いてしまうと、なんか普通の奇跡を期待してしまう。普通の奇跡って言う言い方もおかしいけれど。でも、そのとおりの展開になるんですね。はああ。

まあ、文体は面白いし、何より少年とその友人の描き方、少年の心の動きなんか「ああ、こんな風に考えてたなあ、あの頃は」と思わせるものがあって、郷愁すら覚えるのですな。日本の話ではないのにね。

ただね。前に読んだ「火を喰う者たち」に比べると、結末が見えてしまうところが、ちょっとなあ。それに、小屋にいる謎の男がいかにも・・・というのも、ちょっとファンタジー色が強すぎて、ほかの(少年と友人との、学校での話との)話との落差みたいなものを感じてしまう。

とはいえ。こういう「奇跡」の話。僕は好きです。希望を持って生きていこう。うまく行かないことももちろんあるんだけど。それにもめげずに頑張ろう。そういう話はね。でもやっぱり「火を喰う者たち」には及ばないんだけど。どこが? えっとね、まず「火を喰う者たち」は、実際に奇跡が起こる、というより「奇跡を信じる人たちがいて、奇跡のようなことが起こる」という、ちょっと不思議な色合いがとってもいいんですよね。それに比べると「肩胛骨は翼のなごり」は、いかにも、な奇跡の起こり方で、ちょっと引いてしまうわけです。どちらも「社会からちょっとはみ出した人が、人の命を救う」というテーマなんですけどね。


ジョン・アップダイクはアメリカの国民的な作家らしい。名前は知ってるけど。読んだのはこないだの短編集がはじめて(だと思う)。で、強い印象はなかったなあ。で、代表作である「ウサギ」シリーズの最終シリーズ「さようならウサギ」を読み始めたんだけど。どうも僕の性には合わない。途中で退屈になってきた。

固有名詞とかがバンバン出てきて、リアリティ丸出しなんだけど、それが面白いのかどうか。正直言うと、物語の普遍性なんかがどっかに飛んでしまって、僕が書いてるような日記のような雰囲気になってくる。まあそれはそれで面白いのかもしれないけれど。そして中に挟み込まれるジョークも、どうも性に合わないなあ。

だからどんどん退屈になってしまって、1巻の(2巻組)途中で挫折。


7月9日(日)

クリスティー特集(^◎^)

早川書房から出ている「クリスティー文庫」は、字も大きいし、訳も新しいのが多いらしい。まだ3冊しか読んでいないけれど(4冊だったか?)それぞれ原作の面白さもあるけれど、訳が新しいというのもあって、とても読みやすい。そして、推理小説っていうのは「読みやすい」っていうのが結構重要な要素なのじゃないかとも思うのですな。なにしろ読みにくければ、ただでさえ謎と不思議に満ちた話が、ややこしくてわからなくって、最後に(たいてい最後だ)種明かし、探偵の(だいたい探偵だ)推理を聞く段になって、はてそういう事やったかいな、とわけがわからなくなったら、それこそその小説の楽しみを半分以上、いや8割方はなくなってしまうのだな。

昔読んだはずの「スタイルズ荘の怪事件」なんか、改めて読んで、初めて話が繋がったりした。まあ、昔は訳も分からず読み進むってことができてたんでしょうが。

で、最近読んだクリスティーをふたつ。「青列車の秘密」は、始まりがスパイ小説風で、今まで僕が読んだクリスティーとはちょっと毛色が違うなあ、と思ってて読んだんやけど。話の筋としても、まあちょっと変わってるかな。「青列車」という表題から、「オリエント急行殺人事件」を想像して、ああいう列車ものかいなと思ったら、ちょっと違ってて。やや作品の質としては落ちるかな。

「邪悪の家」は、前にテレビドラマになったときに「エンドハウスの殺人」とかいう題名でやってるのを見ていたはずで。でもほとんど筋も忘れてたし、犯人も誰やったかいな、と思いつつ読んでしまった。意外性のある展開、と言うべきなんだろうけれど、あまりにもその「意外性」が取って付けたようなものだったので、逆に途中で犯人の目星がついてしまう。まあこれは、今までに似たような推理ものをいっぱい読んでしまったからともいえるけどなあ。

そうそう、推理小説の楽しみというのは、犯人が誰やろう、と読みながら推理しながら読むっていうのがありますよね。だから書き手の方は、できるだけ読者に分からないように、読者に挑戦するように、トリックを考えたり、犯人らしき人をいろいろ並べたりして、分かりにくくする。でもそれだけじゃ推理小説は成り立たないわけでね。それ以上に登場人物の面白さとか、話そのものの面白さとか(ユーモアとか、逆におどろおどろしい様子とか)がないと、後には残らないですよね。その点からいうと、「青列車」より「邪悪の家」の方が出来がいいです。

ラストの、最後にひとつだけ残った謎(ポアロにも分からなかった)が解かれたとき、思わず「ほほほ」という気分(どんな気分なんだか)になってしまいました。このユーモアは実に面白い。


7月12日(水)

不法移民

最近アメリカでは、メキシコからの不法移民が問題になっているようです。不法に入国できないように国境に柵を設けたり、不法移民を摘発したりということに力を入れているらしい。一方、今のアメリカ社会は低賃金で働く不法移民なくしては経済が成り立たないらしく、ただ厳しく取り締まるだけでは解決にはならないとか。

さて。そんな時読んだのがこの本。フランシスコ・ヒメネスの「この道のむこうに」です。

「サーキット」と呼ばれる労働者がいるんですね。季節ごとに仕事を求めて、定住せずにぐるぐるぐるぐるいろんな土地をめぐっていく。もちろん家族もろとも。綿花の季節には綿花畑へ、イチゴの季節にはイチゴ畑へ。ぐるぐるぐるぐる。しかも「不法」移民だから、移民局の取り締まりにはいつもビクビクしてないといけない。そんな暮らしをしている家族の話。

作者の体験談が多く含まれているらしいですが。だから淡々とした話のようで、現実味があるからすごく深みがあるように感じられる。普通なら「苦しい生活を生き抜いてきた、勇気ある僕たち」みたいな話になりそうなのに、その一歩手前で、ユーモアが生きていてとても面白い。

お父さんが腰を痛めて働けなくなり、どうなるかと思ったら、お兄さんが定職を得て、ついに定住。かと思われたラスト。「ああ、ええラストがこの後あるんやろなあ」と最後の最後まで引っ張っておいて・・・。ううむ、厳しい現実が襲いかかるんやなあ。

というラストから始まる続編が出ているらしい。ちょっと、気になる。まあこのラストでも十分という気もするけど。


7月13日(木)

題名に惑わされないようにしよう

「痛快「捨てない!」技術」という題名は、もちろんベストセラーになった「捨てる!技術」の向こうを張ったものだろう。でもなあ、内容はその本にけんかを売るようなものではなかったのだな。全然なかったのだ。どうするよ。「捨てる!技術」の題名も、びっくりマークの付け方があざといなあと思ったし、ちょっとだけ読んだけど、まあたいした内容でもなかったから(どんな内容か覚えてないくらいたいしたことなかった)、あああ、と思ったけど、この本も同じような感じ。

内容としてはね、つまりはコレクターの自慢話なわけで。あ、コレクターといったら怒られるのか。コレクターというと何か目的を持ってあるものを集めて回ると言うイメージがあるけれど、この人は集めて回るんではなく「捨てずにいたらいつのまにか集まった」というところが違うねんな。そうやって「捨てない」でいれば、誰でもいっぱしのコレクターになれますよ、自慢できますよ、というような話でね。

「捨てる!技術」は、ものがたまって整理もつかず、どうしようも無くなった生活を、シンプルに暮らすことを提案して、いらないものをどうやって見つけ出して「捨てる」か、という技術を語っていたのだったな。書きながらだんだん思い出した。

この「捨てない!」の方は、「捨てなくてもいいではないか」というところから話を発展させて、「捨てないで置いておくと、いつか価値が出てくる」みたいなところに持っていってるんやけど、さて、捨てないで置いておいたものをどうやって家の中で保管するのか、その方法はほとんど紹介されない。どうやってるの?

そう、ものはたまっていくはずで、たまっていくものの置き場はどうなるのか、どうやって整理しているのか(どうやら時間がたっぷりありそうなんだけど。うらやましいことに)、ほとんど触れられていない。そして本の最後の方は、今まで集めたコレクションのオンパレード。たはは。どうしましょう。これ、ただのオタクの自慢本ともとられかねないであるよ。ほんま。

そうそう、「捨てない」ことのいい面ばっかりが強調されて、捨てないことでおこる苦労やわずらわしさや失敗は載ってないねんな。ここらがどうもまゆつば物という印象を持たせてしまいます。そして、面白くないのだね、失敗がないと。

で、読み終わった後。「よし、いっちょわしもなにかを「捨てずに」置いとくか」という気に・・・全くならなかったな。


7月17日(月)

まさに今、読んでます(^◎^)

「痛快!「捨てない」技術」は痛快でもなんでもなかったけど、夏目房之助の「孫が読む漱石」はある意味、痛快だった。

僕はずっと不思議だった。「坊ちゃん」がどうしていろんな人に人気なのか。何度もテレビドラマ化されて、いろんな人が坊ちゃんを演じて。子供のころテレビドラマで何度か見て、子供の時はいろいろなシーン(風呂場に蚊を放されるシーンなど)が断片的に映るだけで、まあそれぞれのシーンは面白いんだけど。

さて長じて教科書に「坊ちゃん」が出てきまして。まあちょっとは面白いかなあ。あの最初の文章は何度もいろんなところで引用されるから(テレビのクイズ番組でも)耳についていてどおってことはなかったんやけど。それが中学2年の頃かなあ。その後に全部を読んだから、ほんまに全部を読んだのは社会人になってからやと思うなあ。

で、あんなおもしろくない小説もないものだと僕は思うんだけどなあ。なにしろ、主人公の「坊ちゃん」はエリート主義のかたまりで、赴任先の松山をど田舎と決めつけて、そこに住んでいる人も田舎者、したがって都会の上流の自分とは違うのだ、という雰囲気が全編に漂っていてね。どうもいかん。鼻に付く。こういうのが人気があるのかというのを改めて感じて、嫌な気分がしたものだった。

それは僕だけなのかなあと思ってたら、意外にもお孫さんが同様な意見で(^◎^)ちょっと救われたな。なにしろ日本最大の文豪(だということは僕も認める)で、お札の顔にもなるような人をけなすなんてけしからんことやと思われそうでね。僕の見方がおかしいのかしらんと思ってたくらいやからな。まあおかしかったらおかしかったでエエねんけど。

「吾輩は猫である」にしても、だらだらした話でどうしようもないなあ(全部読みましたよ。しんどかった)と思ったけど、有名な小説やし評価も高いし(教科書に代表作として載るくらいやから)、やっぱり自分の読み方がおかしいのかなあと思ったけどね。最近、自分の感じ方は自分のものやから、小説が有名やろうが作者がお札になろうが関係ないと思うようになっけどね。

僕が夏目漱石をかためて読めたのは、筑摩書房の「現代日本文学全集」を買っていたからなんやけどね。その中の夏目漱石を順番に読んでた(といっても2冊だけやけど)。漱石が「すごいなあ」と思ったのは、そのほかの同時代の作者の小説を読んでからやったな。同時代の作家に比べると、漱石は明らかにはるかに高い水準の小説を書いていたってことが分かってね。今読むと時代遅れの表現とか、どおってことない表現とかもあるねんけど、その「どおってことない表現」を作り出したのは、漱石やったんかなあと、ほかの作者の作品を読んで強く感じたのだったな。

ま、そゆことを思い出しつつ、この本を読んだのだ。もちろん僕は漱石のすべての作品を読んだわけではないので(それに多くはどんな話やったか忘れてる。でもこういう解説本を読むとちょっと思い出す)、読んだことのない作品の解説もあるんですが、それもまた楽しく読むことができた。話の進め方がうまいねんなあ、房之助さん。

えらそうなことはいわれへんねんけど、お孫さんの言葉にちょっとほっとしたというか、漱石を読むときの(広くいえば古典を読むときの)ちょっとした緊張感から解放されたような気がしたのだ。


大学図書館で「OS自作入門」(川合秀美著・毎日コミュニケーションズ)という本を見つけて、楽しく読んでます。どこかで話題になってて、「へえ、そんな本があるのか」と興味はあったんですが。図書館に入ってるっていうのはおどろきやったな。

「30日でできる!」という副題がついてましてね。まさかね(^◎^;)。OS自作が30日でできるとはとても思われへんねんけど。まあ「痛快!」というのよりマシかなあ。

よくあるマニュアル本のごとく、1日ごとの目標というか、プログラムの概要が書いてあって。いま1日目が終わったところなんやけど。もう、目からウロコとはこのことか! というくらい、感動して感激して驚いてます。

実は僕も以前、WINDOWSが98からMeになったころ、肥大化するOSがもっと小さくなって、軽くなったらええのになあ、そんなOSが作れたらええのになあと思ったことがあったんですね。でもOSの自作なんてとんでもなく難しそうやし、だいいちどんな言語を使うのかも分からんかったし。たぶん「アセンブリ」とかやろうけど、巷で売ってるアセンブリのマニュアル本は、辞書ぐらいの分厚さの上に、ちょっと前書きとか書き出しとかを読んだだけでもちんぷんかんぷんで、最初からお手上げやったんですな。こういうのは、このマニュアル本を解説してくれる人が要るなあ、ということはそういう専門学校にいって勉強するしかないのか、だとしたらお金がかかりすぎやなあ、とこういう流れでなにもかも諦めてたんやね。

しかししかし。この本ははじめから、アセンブリの解説からその前の機械語の話から、実に分かりやすく書いてあって(ということは、ややこしいことはすっ飛ばしてるから、身にならんともいえるけど。作者はそのへんも理解した上で開き直って書いてるところがいい)、いままでハードルの高かったいろんな言語、プログラミングが、急に身近なものになったように感じさせられる。

ほんまにまだ「1日目」やから、これから先どうなるかわからんのですが(だいたい30日間読み続けられるのかどうかも分からん(^◎^;))、楽しんで読んでいきたいです。OSが自作できた暁には・・・・ははは(^◎^;)今は何も言わんとこう。


7月28日(金)

面白い本、そうでない本、いろいろ

当たり外れが多かった3冊。アガサ・クリスティーの「牧師館の殺人」はミス・マープルが初めて登場した作品。イギリスの片田舎。噂話に花を咲かす妙齢のレディたち。その中で、ちょっと嫌われ者の教会教区の役員の大佐が殺される。しかも牧師館の中で。さて犯人はだれ? とまあ、いかにもクリスティといった話。

テレビドラマで観たはずやな。例のごとく忘れてるけど。だからまあ楽しんで読めたけど。

ミス・マープルが見事な推理を働かせるんやけど、どうも主人公は村中を右往左往する牧師先生であって。まあこの人の語りで話が進んでいくということもあるねんけど。それがポアロシリーズのヘイスティングス以上なのだな。

あとがきを読んで納得したけど、もともとこのミス・マープルを主人公にしたシリーズを書こうとは思ってなかったみたいでね。これが第1作やけど、第2作はそれから30年後に書いたっていうからね。ただ、やっぱりこのミス・マープルは、ポアロとは全く違う魅力にあふれていて、シリーズになるのが分かるね。

推理小説としては、伏線というか、いかにも犯人でありそうっていうのがゾロゾロと出てきて、ちょっとややこしすぎる感じ。もっとすっきりできたらねえ。まあ、そのいろんな人間模様を書き出すっていうところがクリスティの楽しみなんやけど。


「国家の品格」はベストセラーになってるし、いい本やってほめる人も多いから読んでみたんやけど。はっきりいってこんなに腹の立つ本は久しぶりやったな。最後まで読んでしまったけど。最初の数ページをめくった時点で、いちいちのことに反論したくなってしまったであるよ。

今の市場主義はダメ。共産主義ももちろんダメ。だったら何がいいのか。それは「武士道精神」である。だと。エリートが主導権を握って下層の人々を治めるのが一番と思ってるのだな。大衆はバカばかりだから大衆の言うことを聞くような民主主義もよくないと。それってお隣の国によく似てますけど。

日本が世界の中で一番美しくて他の国はダメな国ばっかりなのだと思ってる人には、我が意を得たりの本なのだろうなあ。これがベストセラーになってることに、げんなりしてしまったであるよ。


「むだに過ごしたときの島」は、イタリアの作家ガンドルフィのファンタジー。題名から想像して、おとなしめの、思索にあふれた作品であろうと思ったんだけど。見事に裏切られてしまった。ちょっと残念。

学校の社会見学で行った廃鉱の中で、迷子になってしまう主人公とその親友。暗闇の中でどこかに落ちてしまう。そこは「むだに過ごしたときの島」で、地上で(この世で?)迷子になった人やものが集まってくる島だった。

そこに集まってくるのは、物質的な「もの」だけじゃなくて、むだに過ごした時間や気持ちも集まってくる。だから「よくない」むだな時間や気持ちは悪いところに集まって、人食い族になってしまう人もいる。もうこの辺から「?」の世界。しかもそういうよくない「むだ」を一番多く作ってるのは日本人なのだそうだ。とほほ。分かる気もするけど。

「ムダだムダだ」といいつつ時間を過ごしていると、よくない「ムダ」が集まってくるのだと。

題名からして、のんびりしたファンタジーものと思ってたのに。人食い族が出てきて。一気に冒険活劇小説になりましてね。その上主人公の女の子が「こっちの世界のよくないムダ」をなくすために立ち上がる、なんて、もうヒーローものじゃないですか。どうもねえ。話の進み方が出来すぎていて、ちょっと引いてしまいましたな。

ひとつだけ。小説の書き方がちょっと面白かった。この物語を誰かが書いているっていう設定。しかも書き手は行方不明になっているらしい、という設定。最後に謎が解けるねんけど。こういうところは面白かってんけどなあ。おしいなあ。


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