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| ←前月 | 4日 | 児童文学2題
【箱船の航海日誌】ケネス・ウォーカー(安達まみ訳・光文社古典新訳文庫) |
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| 8日 | ミステリー・SF・日常生活
【毒のたわむれ】ディクスン・カー(村崎敏郎訳・ハヤカワポケットミステリ) |
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| 9日 | 建築を作る人の思いと住む人の理想
【中野本町の家】後藤暢子・後藤幸子・後藤文子・伊藤豊雄(星雲社) |
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| 12日 | 読んでる本 | ||
| 14日 | 読んでる本:ミステリーの続き、絵本
【まどのむこう】チャールズ・キーピング(いのくまようこ訳・らくだ出版) |
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| 19日 | ライトノベル? ファンタジー?
【黙示の海】ティム・ボウラー(金原瑞人・相山夏奏訳・東京創元社) |
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| 22日 | すべてはライトノベル化している | ||
| 24日 | シアラーは何冊目だろう
【13ヶ月と13週と13日と満月の夜】アレックス・シララー(金原瑞人訳・求龍社) |
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児童文学2題 久しぶりに書きます。本の感想。しばらく前に読んだ本から。なんかしょっちゅうこんな風(読んでから時間が経ってからの書き込み)になってるなあ。印象も薄くなってるかも。忘れてることもあるかも。でも覚えてることもあるから。覚えていることが大事なこと。そう思って書いていこう。 「箱船の航海日誌」は、旧約聖書の「ノアの方舟」をもとにした、動物たちとノアの家族との航海日誌。まあなんというか、ドタバタのような、ちょっと怖いような話になっている。教訓的な話なのかと思ったけど、そうでもなかった。 神様からの啓示を受けたノアは、巨大な箱船を造って、地上のあらゆる動物を乗り込ませる。動物たちは(このころはみんな仲良く暮らしていた。言葉も通じている)わいわいがやがやいいながら集まってきて、船に乗り込む。 やがて雨はやみ、水は引いて陸地があらわれ、動物たちは元の暮らしに戻っていくのだが・・・・ 「星をまく人」は児童文学というよりヤング・アダルト小説かな。でも主人公はもうすぐ12歳っていうから、やっぱり児童文学か。まあそんな分け方はどうでもええんですけど。 もうすぐ12歳のエンジェルは、弟のバーニーとお母さんと3人で暮らしている。お父さんはコンビニで泥棒をしたか何かで(詳しくは分からない)刑務所に入っている。生活はめちゃくちゃ。なんといってもお母さんがなってない。仕事で忙しいのは分かるけれど、家のことはなにもしない。弟の世話はエンジェルにまかせっぱなし。この弟も、わがままできかん気で、しかもちょっぴりノータリンときている。 3人でお父さんに面会に行った翌日、お母さんは突然家族の荷物をまとめ、おばあちゃん(お父さんのおばあちゃん。エンジェルのひいおばあちゃん)のところへ車を走らせる。お母さんは姉弟をおばあちゃんに預けてしまったのだった。 途方に暮れるエンジェル。しかし引っ越し(そのつもりはなかったけれど、そういうことだ)したその夜、外に出てみると、庭で望遠鏡をのぞいているおじさんに出会った。おじさんは星のことに詳しくて、いろんな話をエンジェルにしてくれる。ちょっぴり心癒されるエンジェル。でもこのおじさんは、誰? はちゃめちゃな大人たちに翻弄されるかわいそうなエンジェル。でもなんとかやりくりしていこうという、その意気込みに感動してしまうなあ。缶詰めしか食べないおばあさんには「食物の五大栄養素は」という話を(ほとんど通じないのだが)言って聞かせ、なにかと騒動の種になるわがままな弟を、あの手この手であやしつつ。もう、まるでお母さんそのものであるよ。 星の話をしてくれるおじさんに出会って、さらに町の図書館員のおばあさんリザとも仲良くなって、なんとか持ちこたえてるって感じになるんですな。 ミステリー・SF・日常生活 とりとめもなく、いろんな本を読んでます、という意味です。 毒薬を盛る、という古典的な手法。密室でのトリックとか、そういうものは一切なく、ただただ「犯人は誰?」という興味一点に絞っているような気がする。翻訳もそんなにうまくないので(テンポがない。もともとそうなのかなあ)、読むのに骨が折れたな。でもミステリを読むときの常で、最後まで読んでしまうのだった。犯人が誰か(途中でこんがらがってくるのだが)知りたいのですな。まあ、いろんな矛盾もありそうなんやけど、そこは昔の作品と思ってめをつぶって。 オールディスの「ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド」は、SFと呼んでいいのか。作者はSFお大家らしい。僕は知らんかったけど。 「頭」と「半島」をひっかけた題名。ショービジネス界のごたごた。双子の人生に関わった人たちの手記、という体裁。どうもこの小説は、内容はけっこうグロテスクなんだけど、それが「悪趣味」の手前でとまっていて、なんとか読めるっていう感じ。 ところで、これって映画化もされているのですね。どんな映像になったのやら。 ついでにもう一冊。「手作り生活111のコツ」なんやけど。DIYのススメ、みたいな本で。そういうのが好きな人、趣味のある人はいいでしょうが。僕は読むところが少なかったなあ。コツ、というほどコツでもない。「こんなことをしたら楽しいよ」という紹介やね。それ以上のものではない。 建築を作る人の思いと住む人の理想 著名な建築というのがある。なかには「○○邸」というように、実際に誰かの住まいになっているものもある。そういう「名建築」に住むのは、どういう気持ちなのだろうか。 「中野本町の家」は、成立の仕方というか、建てられた経緯は「住吉の長屋」とはずいぶん違う。でも出来上がったら、「こんなはずではなかった」というのは、よく似たところがあるかもしれないなあ。とこの本を読んで思ったなあ。 とてもユニークな形状だし、海外にも紹介されたらしいのだが、娘二人が独立し、ひとりで住むかどうか、というときに、取り壊すことにするのですね。それは「作ったときの思いが強すぎるので。わたしたちが住めなくなったら、取り壊すしかない。ほかの人が住むことは考えられない」ということらしい。 本のメインは3人のインタビューであって、巻末に付録のように、建築家の、建築の経緯やコンセプトなどが載っている。で、それまでの家族のインタビューと読み比べてみると、なんとこの建築科の解説の分かりにくいことよ。 自称「マッド・マドリスト」という、間取りオタクのコレクションともいうべき本が「間取りの手帖remix」である。「remix」というのは、これは文庫なのだけれど、もとのハードカバー(それも文庫のような本らしい。現物は未確認)から、さらに修正・加筆をしているから、ということらしい。 実際に広告に載っている「間取図」を集めただけの(それにちょっとコメントが入っている。ときどきコラムも載っている)本である。しかし、コレがとてもとても面白いのだ。 さらに面白いのが、このひとつひとつが実際の広告に載っている「間取り」であることだ。ほんまにこんな部屋、あるんかいな、というのが「○○万円」という家賃つきで載っているのである。なんか、日常生活の隠れたおかしさを浮き彫りにしてくれているような、そんな本です。そして、くすっとワラかしてくれます。 読んでる本 できるだけ、読み終わった本の感想を書こうと思っているのだが、図書館の返却日までに読み終わりそうにない本とかもある。このさい、「読後感想」はあきらめて、ともかく「こんな本を読んでる」ってことで書いておこうかな。 今読んでるのはミステリーが一冊、エッセイが一冊、児童文学が一冊。それぞれを並行して読んでる。なんというか、一日のテレビ番組みたいにな。エッセイが「ニュース、バラエティ」、児童文学が「少年向けドラマ」、ミステリが「連続ドラマ」というふうに。 ミステリはハヤカワから出ている「ベスト・アメリカン・ミステリ−ハーレム・ノクターン」という、2002年版のアメリカ・ミステリ短編集である。毎年出ているのですね。以前、DHCから出ているものを読んだっけ。でもどんなんやったか、ほとんど覚えてない。ひょっとして図書館から借りたけど、ほとんど読んでない? かも知れないなあ。 各編20〜30ページほどの短編。全20編のうちの4編まで読んだ。 「二塁打」(マイケル・コナリー)は警官もの。殺し屋の尾行をする警官コンビ。職務質問で、彼の行き先が野球場(しかも満員の)だとわかる。殺し屋のターゲットは誰か? 警戒を続けるふたりの警官。しかしターゲットは意外な人物だった。 「八百長試合」(トマス・H・クック)は、ボクサーの話。バスで偶然隣り合わせた男は、有名な元ボクサーだった。なぜ有名かというと、彼の最後の試合は「見え見えの」八百長で、圧倒的に有利に試合を進めていたのに、相手ボクサーの「ひとかすり」でダウンしてしまったのだ。つい、その真相を正そうと話を聞き出すと、真相は意外なものだった。 「数学者の災難」(ショーン・ドリットル)は風変わりな話だった。元大学の数学教授が主人公。ある時突然「計算できない」症状に見舞われて(たいそうな病名がついていたな)、大学を退職するはめになった彼は、「数字と確率の世界」であるカジノで、大きな借金を作ってしまう。その元締めに目をつけられ、会計士としての契約を迫られるのだが。 エッセイは、モームの「サミング・アップ」を読んでいる。昔々、「要約すると」という邦題で出版されていたものの改訳版。 内容も面白いけれど、訳もええねんやろなあ。とてもすらすらと、その場にモームが居て喋っているような気がする。いや、もともとモームの文章がそういう文章なのかも。 読んでる本:ミステリーの続き、絵本 「男は妻と二匹の犬を殺した」(マイクル・ダウンズ)。階下の住居で殺人事件。その時、上の階に住む男は、何を考えたか。 「ファミリー・ゲーム」(ブレンダン・デュボイズ)。リチャードは少年野球チームの監督。息子はエース・ピッチャーだがこのチームはとても弱い。このシーズンも一勝もできないまま終わろうとしている。ようやく勝ちそうだったゲームも、一番ちびっこのレイがフライを取り損ねて負けてしまった。でもリチャードはレイを励まそうとする。だがレイの父親は息子を罵倒し、リチャードにも食ってかかる始末だ。とうとうレイの父親に殴りかかられるが、リチャードには殴り返せない理由があった。FBIの保護プログラムに入っているのだ。彼は10数件の殺人事件の容疑者だったが、司法取引で殺人事件にからむ「裏社会」の裁判の証人となり、「問題を起こさない」代わりに、安全な生活を送っていたのだ。 「青い鏡」(デイビッド・エイガーリー・ゲイツ)は弁護士もの。死期が迫った老富豪から、依頼を受ける弁護士。なぜか分からないが、誰かに脅されたというのだ。息子の命が惜しくないのかと。なんのことか分からない老富豪。息子もまた弁護士だった。どうやら麻薬密売組織と何らかの関係があるらしい。息子ともども、雲をつかむような依頼にこたえようとするのだが。 というわけで、ようやく7話を読み終わったところ。一口にミステリーといっても、話の展開はさまざまで、それぞれ楽しめたな。新作の新訳(あたりまえか)で、たぶん新人の翻訳者も多いと思うのに、どれもスラスラと読み進められる。うまいなあ。 稲垣足穂の名作「一千一秒物語」は、以前文庫で読んだんやけど、図書館に絵本になったものがあったので手にとってパラパラとめくってみると、これがとてもいい感じなのでついつい借りて帰ったのだ(絵:たむらしげる) 絵本つながりで、そういえば、と、25年ぐらい前に読んで心に残っていた、キーピングの「まどのむこう」がないかと思って、調べてもらったら置いていた。書庫から引っ張り出してきてくれて。ありがとうございます。 それは町中ではよくあるひとつの出来事かもしれない。そうだろう。でもそれを見ているジェイコブと、当事者のひとびと、という対比がすばらしい。 ライトノベル? ファンタジー? ティム・ボウラーはイギリスでカーネギー賞を受賞した作家。「黙示の海」は朝日新聞の書評欄にも載っていた。それによると全国の学校図書館にも数多く収められているらしい。へええ。 そういう「○○賞を受賞した作家」の作、というのにちょっと弱いのです。どんな作品を書くのだろう、あるいはどんな作品がその賞を取ったのだろう、という興味から読んでみたくなるのだ。 15歳の少年キットとその両親が、自家用船で海に出る。お父さんは破産寸前で、この船も売りに出さねばならない。その最後の航海をしているわけだ。 島民との戦いが始まって、ノンストップの冒険が続く。と書くと、ずっとハラハラのしどおしで、息をのむ展開が続くかと思われるけれど。どうもそういうことにならんのだなあ。次々にいろんな困難が襲いかかってくるんやけど、それが「ハラハラドキドキ」になってくれない。どうしましょうか。 いわば少年向けの「ダ・ヴィンチ・コード」ともいえるかも。なにしろ一難去ってまた一難というのが延々と続くんやから。もうちょっと刈り込んだら、作者の言いたいことに納得できたかもなあ。 これを読み終わって、今「ライトノベル☆めった斬り!」を読んで、ああそうか、「黙示の海」はライトノベルやったか、とハタと思い至ったのだった。 いや、無理矢理そこに当てはめることもないんやけど。途中の展開を楽しむ、というところが「ライトノベルっぽい」のかなあと思ったりして。そんなジャンル分けに大きな意味がないとは思っていますが。 すべてはライトノベル化している 「ライトノベル☆めった斬り!」を、ひととおり読んだんやけど。大森望と三村美衣の対談部分はすらすらと読めたが、途中に入っているライトノベル本紹介になると、字が小さくなるし内容は濃くなるしで、これをいちいち一生懸命に読んでると読みきれへんなあとあきらめて。ちょっとすっ飛ばして読みました。 ライトノベルとはなんぞやということもあるんやけど、まあ楽しく読めましたなあ。出版界の裏話的なことも載っていて。ええんかいな。ええんやろなあ。 最初のうちのライトノベルは「学園もの」とか「少年少女もの」とか「SFもの」とかがあったようで、最近になると「エロゲー」ものになっていくようなんですねえ。結局はそこに行き着くのか。しかし一方で女の子向けのライトノベルというのもあるようで。なにしろ年間2000冊(!)が刊行されているらしい。それもそこそこ売れているらしいから驚きやなあ。これのおかげで角川が息を吹き返したとか。ホンマかなあと思うけど、この数字を見るとあながち、という気もする。 中に紹介されているライトノベルをちょっとみてみると、とても面白そうな(しかし危なそうなものもある)ものばっかり。ちょっとオタク系と思えるものもあるけどね。予備知識が必要になりそうなものもありそう。「入門にはこれがいいでしょう」とか書いているものもあるので「初心者にはわけがわからんものもあるのか?」と思ったな。あるんやろなあ。オタク世界に入り込んでる小説とか。 で、最近のミステリーは、どうなんやろうと、ちょっと飛躍して考えてしまったのだった。ここに紹介されている初期のころのライトノベルは、たしかに純文学とはまったく違ったもので「エンターテイメント」に徹しているようだ。それで成功している作品、成功した作家(その後、「普通の」文学作品を書くようになる作家)も含まれている。今読んでも面白そうなものもある。シリーズもの(20巻ものとかもざら)などは、「ハリー・ポッター」を思い起こさせたりするし。 いや、だから「ハリー・ポッターは所詮はライトノベルなのだ」というつもりはない。だいたい「ライトノベルだからだめ」というつもりもないし。 でも。あまりにも最近、同じような作品が多すぎるような気がする。って、そんなに読んでる分けではないんやが。ただ、なんとなく、ひとつの結末、ひとつの「感動」を、きまった形の中に描こうとする傾向があるような。それは僕の読み方が浅いからかなあ。読んでる本が偏っているからかなあ。 シアラーは何冊目だろう アレックス・シアラーの本はもう何冊も読んでるなあ。「13ヶ月と13週と13日と満月の夜」は何冊目かなあ。4,5冊目になるか。 主人公カーリーは12歳の女の子。ある日、学校に転校生がやってくる。その女の子メレディスと友達になりたいと思うのだが、どうもうまくいかない。メレディスには両親はおらず、グレースというおばあさんとふたりで暮らしているらしい。いつも学校に迎えに来るのはそのよぼよぼのおばあさんだ。そしてなぜか、おばあさんがメレディスの面倒を見ているというより、メレディスがおばあさんにいろいろさしずをしているように見える。 はじめは学園もの、青春もの、あるいはおばあさんと少女の友情ものとか、そういう話かと思っていたら、だんだんおかしな方向に話は進んでいく。そしてカーリーがうまくおばあさんの願いをかなえられるのか? というところで、またまた話は意外な方向へ。そしてさらなる冒険へ、と発展していくのだな。 この、静かに始まって盛り上がっていって、そして最後はハラハラドキドキで「やめられなくなる」展開になっていくところ、シアラーらしくっていいなあ。 普通、児童文学に限らず、小説には「起承転結」があるもんやけど、「ちいさなちいさな王様」には「起」も「転」も「結」もなく、あるのは「承」のみ。つまりいきなり話が始まって、唐突に終わるのである。 「ある朝起きると、そこに親指大ほどの王様が居た」とでもなっていたら、これはこれで「起」とも言えるけど、この本の書き出しはこうだ。 「小さな王様」と聞くと、すぐ思いだすのが「星の王子様」だろう。しかし「星の王子様」は「星から落ちて地球に来て、また星に帰る」という「起承転結」があった。 思えば、「ムーミン」なんかもこのたぐいか。「ムーミン」がどういう出自か、なんてことは問題にならない。話の中心は「ムーミンがどんな冒険をするか」だけで、「何故ムーミン?」などとはみんなは考えない。 で、王様はどうなるのかな? と思っていたら、どうにもならないのだね。唐突に話は終わる。「それから王様は現れませんでした」とかいうのもなし。どうなったんだろうね。そこは読み手が考えることなのかも。 |