2007年夏期ヤクシマザル調査報告

2007.9.24. 2007ヤクザル調査隊

 

1 はじめに

 ヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)は屋久島の亜熱帯性海岸林から標高1800mを越える山頂部まで連続的に分布することが知られている(丸橋他、1986; Hanya et al., 2004)。屋久島の西部海岸域では、1970年代から餌付けに頼らない長期にわたる継続調査が行われており、多くの成果が得られている(Yamagiwa & Hill, 1998)。中高度・上部域に生息するヤクシマザルについては調査が遅れていたが、1990年代に入って、西部海岸部以外での調査が本格化し、上部域のニホンザルの密度、群れサイズ、食性、活動時間配分など、基本的な生態学的情報が、すこしずつ明らかになってきた(Hanya et al., 2003a; Hanya, 2004a, 2004b)


 「ヤクザル調査隊」は1989年以降、毎年夏にヤクシマザルの分布調査を行ってきた。このうち、199419951997年には、自然植生の垂直分布が連続して保存されている西部域で調査を行い、以下のことが明らかになった。(1)標高300mまでの海岸部には、1km2あたり約4群と、きわめて高密度で分布している。(2)標高300mから800mの照葉樹林帯、標高800mから1,200mの照葉樹林・ヤクスギ林移行帯、標高1200m以上のヤクスギ帯では、群れ密度は1km2あたり1.2群から1.6群と、ほぼ一定である。(3)群れサイズについては正確な情報は得られなかったが、標高800m以上の移行帯およびヤクスギ帯では、それ以下の標高帯に比べ小さいようであった(Yoshihiro et al., 1999; Hanya et al., 2004)


 さらに1998年からは、西部域の大川林道終点地域で継続調査を行うことにした。具体的には、調査域内の群れの正確な分布と、対象とした群れのサイズと性年齢構成を明らかにすることを目的として行われた。これらの資料を蓄積することによって、屋久島中高度域におけるヤクシマザルの個体群動態のメカニズムを明らかにすることが最終的な目的である。1998年の調査では、大川林道終点地域の、瀬切川の両岸で調査を行い、1群の構成を確定したほか、3群について、大まかな構成を確認した。群れサイズはどれも20頭を越えるものではなかった。2000年には、HR群を全頭を個体識別し、ほかにもPEOMSY群の合計4群が識別できるようになった。2001年の調査では、さらにBR群が識別されるようになった。BR群は2003年以降は調査域内で観察されなくなったが、2005年にはSY群がSS群、YY群の二つの群れに分裂し、現在調査域内では5群を識別している。これらの群れの子持ち率(または粗出産率、観察されたオトナ・ワカモノメスのうち、アカンボウを持っていたメスの割合)は年によって4%-43%のあいだで変動した。


 2000年から、これら人口学的資料の収集と並行して、ブロック分割定点調査法による集団密度の推定を行った。この地域は自然林と伐採地が混在しており、しかも伐採された年数が異なっている。このような地域で集団密度の推定を行うことで、ニホンザルが植生の撹乱の程度に応じてどのように土地利用のやり方を変化させていくのかを明らかにし、さらにその調査を毎年継続して行うことで、伐採後の植生の変化に応じて土地利用のあり方がどう変化していくかを明らかにして行くことが目的である。2000年から2003年までの結果については、Hanya et al. (2005)に発表した。


 さらに昨年2003年度からは、定点調査中にヒトリザルおよびシカについてもサルの集団と並行して資料を収集するようにした。また、2000年から継続して行っている果実生産量の調査を、前期調査中および後期終了後の94日と5日に行ったので、これらの結果についてもあわせて報告したい。

 

2 調査地域と植生

 調査地は、屋久島西部の瀬切川上流の地域である(1)。標高は750mから1350mにあたる。調査地域の面積は7.5km2である。

 調査域は全体として照葉樹林・ヤクスギ林移行帯にあたる。イスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹が、スギ・モミ・ツガなどの針葉樹と混交している。林床はハイノキを中心とする常緑低木に広く覆われている。調査域は大川林道を中心として植生の撹乱があり、伐採跡はスギの幼樹、ヒサカキやハイノキなどの低木に覆われている。伐採後の年数は大川林道の終点近くや12支線沿線では11-21年程度で、西(入口方向)へ行くほど年数が経っている。もっとも西側の5班の調査域付近ではおよそ31年程度である。伐採後の更新方法には2種類ある。一つは伐採後自然の更新過程に任せる天然更新で、12支線沿いや大川林道の終点付近からおおむね3班のdf付近まではこの方法で行なわれている。もう一つは伐採後スギを植林する人工更新で、それより西の、3cdおよび4班と5班の調査域付近で行なわれている。

 

3 調査方法

 参加者は、45(前期25人、後期24)である(2)


 調査は、ブロック分割定点調査法によった。調査域を500m四方のメッシュに分け、メッシュ内の音声の聞き取りやすい場所を定点に選び、そこに一人の定点調査者を配置した。4-8つのメッシュをあわせて一つの班を作り、1-3人の統括者を配置した。定点調査者が群れを発見した場合はトランシーバーで統括者に連絡し、統括者が群れを追跡した。群れが林道などを横切る時に群れを数え、群れの構成を調査した。


 なお、この他に定点調査者はヒトリザルとシカについても調査を行った。ヒトリザルを目撃した場合、時刻、定点からの距離と方角を記録した。距離は10m単位で記録し、20mより近いときには、1m単位で記録した。最初に目撃したときから5分経過した場合、ないしはヒトリザルが10m以上動いた場合、時刻と定点からの距離、方角を再度記録し、ヒトリザルを見失ったときは、最後に確認した時刻と、定点からの距離、方角を記録した。シカについても同様の調査を行い、発見した個体の性年齢を当歳仔(0)1歳以上のオス、1歳以上のメスの三つに分けて記録した。また、定点調査中にシカの音声が聞こえた場合、声の種類、おおよその距離と方角を記録した。


 1999年に、瀬切川右岸の自然林内である2b定点付近に50m四方の植生調査区を設置した。その際の調査では、胸高直径5cm以上のすべての樹木を記録し、さらにその中にランダムに設けられた10個の5m四方の区画については、樹高1mのすべての樹木を記録した。94日と5日にこれらの樹木のうち、サルが食べる果実をつけるものについて、その結実数を直接計数した。また、2002年に伐採地内に5m四方の調査区を27個設置した。これら伐採地内の区画では、前期調査中に上記と同様の果実生産量調査を行った。今回の報告では、伐採地の27個の植生調査区と、2b定点付近の植生調査区内に設けられた10個の小区画の果実生産量を比較した。なお、自然林の果実生産量の調査は1999年から継続して行われており、伐採地の果実量調査は2002年、2003年、2006年に行われている。

 

4 集団密度の推定方法

 集団密度はHanya et al. (2003b)にしたがって推定した。

 まず、語句を以下のように定義する。「集団」とは、まとまって一緒に遊動しているサルの集まりのことをいい、具体的には、「集団とは、500m以上近接して一緒に遊動しているサルの集まり」であると定義する。一方、「群れ」とは、「同じ『集団』内で遊動する可能性のあるサルの社会的なまとまり」であるとする。つまり、一つの群れは、一つの集団になってまとまっていることもあり、ばらばらになって二つ以上の集団を作っていることもある。また、「時間帯」とは、「60分から659分、100分から1059分までのように、0分から59分までの1時間のこと」をいう。


 資料の分析に際しては、複数頭の音声か、オトナメスまたはコドモの目視情報のみを集団の発見とみなし、単発の音声、具体的には前後1時間の間なにも情報のない音声情報や単独のオトナ・ワカモノオスの目撃情報は分析から省いた。


 まず、各時間帯の各々の定点での集団の発見数を数えた。その時間帯の間に、その定点調査者が、500m以上離れた2か所からそれぞれ複数頭の音声を聞いた場合は2集団を発見したと数えた。それ以外の場合については1集団を発見したと数えた。調査時間が30分未満の時間帯の資料は分析から除いた。次に、6時間以上調査した定点について、その日の各時間帯の発見数の平均を計算した(3-1〜図3-2)。最後に、全調査期間についてこの値の平均を求めた(3-3)


 集団の発見数をn、集団密度をDとする。このふたつには

   ---(1)

という関係がある。は定点からの距離yの地点にいる集団の発見率g(y)というモデル(Half-normal model, Buckland, 1993)で近似したときの値である。この値は統括者による集団追跡と定点調査の資料を比較することでもとめることができる。今回の報告書にはこれらのパラメータを求めるための分析は間に合わなかったため、2000-2003年度の調査で求めた値(Hanya et al., 2005)を使用した。調査域を自然林(1a1b1c1d1f2a2b3a3b3c3d4a4b)、天然更新地1(若い天然更新地; 1e2f2g2h)、天然更新地2(古い天然更新地; 2c2d2e3f)、人工更新地1(若い人工更新地; 3d3e)、人工更新地2(古い天然更新地; 4c4d4e4f5a5b5c5d)5つに分け、それぞれ個別に発見率を推定した。

 

5 調査日程

8/11  前期集合、安房の屋久島環境文化研修センターで講習会

8/12  西部林道でヤクシマザル観察実習、午後班ミーティング

8/13  入山、キャンプ設営

8/14-20 前期調査(12班、3b、植物調査、道切り)

8/21  下山、全体ミーティング、打ち上げ

8/22  前期解散・後期集合、安房の屋久島環境文化研修センターで講習会

8/23  実習、栗生泊

8/24  入山、キャンプ設営

8/25-31後期調査(3bを除く3班、45)

8/28 豪雨のため、3班は午前中で調査中止

8/29 豪雨のため、3acは午前中で調査中止

9/1 下山、打ち上げ全体ミーティング

9/2  解散

 

6 調査結果

 各々の定点の集団発見数の平均を図3に、統括者も含めたそれぞれの日の調査記録を図4に、長時間追跡できた集団の遊動図を図5に、それらをもとにして識別できた群れの遊動図を図6に示した。また、群れのカウント例の一覧と、それをもとにして分かった、重複を除いた最低の群れサイズ、性年齢構成を表1に、識別できた個体の記録を図7に挙げた。

 以下に、調査域全体の集団密度の傾向、班ごとの植生、確認した群れの遊動域と遊動パターン、サイズと構成などの情報、およびシカの分布について述べる。

 なお、それぞれの日に確認された集団については、1-9-aのように番号をつけた。最初の数字1は班名を、真中の数字9は日付(89日は9811日は11、以下同様)を意味し、最後のアルファベットはその班のその日についての通し記号である。また、調査域内でHR群、PE群、OM群、SSYY群の5つの群れが識別されたが、それぞれの日に確認された群れがこれらの群れのうちのいずれかであることが確かめられた場合、1-11-b(HR)のように表記した。ひとつの集団が同じ日に二つ以上の班にまたがって出現した場合、1-11-a(2-11-b)のように二つ以上の名前がつくことがある。

 

集団密度

 調査域全体の集団発見数の95%信頼区間は0.15±0.029集団/定点/時間、最大は3b0.35集団/時間、最低は5b0集団/時間であった。(1)式に代入して集団密度を計算すると、95%信頼区間が1.24±0.29集団/km2、最大が3.11集団/km2、最低が0集団/km2だった。


 集団発見数および集団密度を5つの植生ごとに比較した(AB)。集団発見数、集団密度ともに、人工更新2で低い傾向が見られた。これは、2000年から昨年まで一貫して見られた傾向と一致する。また、これまでの年には天然更新地で集団密度が高くなる傾向があったが、今年はそのような傾向は見られなかった。ただし、この場合の推定で用いた発見率は2000年から2003年の調査をもとにしたものであり、現在でもこの地域で発見率が高いのかは、さらに分析が必要である。


調査域全体の集団密度は、2001年の集団密度は1.43±0.34集団、2002年は、1.54±0.37集団/km22003年は0.85±0.27集団/km22004年は1.61±0.39集団/km22005年が0.49±0.15集団/km22006年が1.52±0.35集団/km2であったので、2003年と2005年以外の年はほぼ1 km2あたり1.5集団で安定している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A 集団発見数の植生による変異。y軸の単位は集団数/定点/時間。平均+標準偏差を示す

B 集団密度の植生による変異。y軸の単位は集団数/km2。平均+標準偏差を示す。

1

 1班の調査域のうち、12支線終点付近の1eには伐採地があるが、それ以外は自然植生である。伐採されたのは数年前で、ヒサカキ、ハイノキの幼木が多い。自然林ではスギ、モミ、ツガ、ヤマグルマ、ハリギリなどが多い。

 1班の調査域内では、HR群とPE群が確認され、そのほかに2群が確認された。

 HR群はオトナを中心にほぼ全頭が個体識別されている群れである。調査域内での遊動域は、12支線終点付近より東である。追跡時間が短かったため調査域の東の端は確認できなかったが、調査域を出て東に移動して見失ったことがしばしばあったため、遊動域は調査域の東にも広がっていると考えられる。前期の7日間の調査中、5日間HR群を確認し、残りの二日間(814日と19)も、追跡はしていないがHR群と推定される群れが定点調査者によって確認されている。一昨年は、今年同様にほぼ毎日調査域内で確認されており、昨年は逆に前期・後期合計して、13日間で4回しか調査域内に出現しなかった。このように、HR群の遊動域全体の中で、調査域を利用する頻度は、年によって大きく異なるようである。


 HR群の構成はオトナオス2頭、オトナメス9頭、コドモ7頭、アカンボウ2頭の、合計20頭である。子持ち率(粗出産率)22%(2/9)だった。昨年の構成との違いは、以下の通りである。(1) 昨年はコドモだった2002年生まれのメス1頭が加齢によりオトナになった。なお、この個体は昨年まではオスと推定されていたが、それは誤りであることがわかった。(2) 2頭のアカンボウが生まれた。うち1頭の母親は、2000年にHR群を全頭識別した直後に生まれた2頭のメスのうちの1(オハギ)で、初産である。この個体は、1歳のときに母親が死亡しており、孤児である。(3) 2005年に4頭生まれたアカンボウのうち、2006年の調査で確認されたのは1頭だけだったが、今年の調査でさらに2頭の生存が確認された。(4) 昨年8月に確認された個体のうち、今回確認されなかったのは、5歳のオスのコドモ2(カルピスとナッチャン)、オトナメス(カリン)と、その1歳のコドモ、である。5歳のオスについては、群れを移出した可能性がある。カリンは群れのメスの中では最下位で、普段から群れの周縁にいることが多く、2004年と2005年には確認されなかったが、2006年に生存が確認された。したがって、この個体とその1歳の子供については、死亡したと断定することはできない。昨年生まれたアカンボウは2頭で、そのうち1頭の生存は確認されたが、もう1(カリン06)は確認できなかった。先述のとおり、カリン06については母親が見つかっていないために見落とした可能性が捨てきれない。この個体を除いて計算すると、幼児死亡率は0%(0/1)となる。なお、2000年にはじめて個体識別された時点でHR群にいた5頭のオスのうち、現在も群れに残っている個体がまだ2頭いる。


 PE群は1班の調査域内では1e付近に814日、16日、18日、19日に出現した。2班の調査域を含めると、ほぼすべての日に調査域内に出現している。1e付近に出現する前後は、2f定点、2h定点、もしくは1161ピーク付近に出現することが多く、12支線終点付近が、遊動域の東の端であると考えられる。これは、これまでの年と同様の傾向である。PE群の構成は、オトナオス4頭、オトナメス3頭、コドモ4頭、アカンボウ2頭の、合計13頭である。子持ち率(粗出産率)66%(2/3)だった。昨年生まれたアカンボウ1頭は今年も生存しており、幼児死亡率は0%(0/1)である。合計頭数は昨年の9頭に比べて4頭増えているが、主にオトナオスの増加(1頭から4)によるものである。


 このほか、1b付近で815日、18日、19日に集団が出現した。このうち15日と18日はその日のHR群の動きから考えて、HR群ではない別の集団であることが確実だが、19日についてはHR群である可能性もある。1b定点付近で、HR群ではない別の集団が出現するのは、2001年以来、2002年を除いて一貫して見られる傾向である。また、1a定点周辺およびその南の瀬切川沿いに集団が確認された日が二日(816日と18)あり、とくに18日には、1a定点周辺で7時台から15時台まで、連続して音声が確認され、目視もされている。

 

2

 2班の調査域は大別して、3種類の森林から構成されている。北には、瀬切川右岸のヤクスギ天然林、左岸から南には、伐採後の天然更新林とスギ人工林がモザイク状に見られる。また尾根沿いと南方の大川近くには、伐採されなかった天然林が残っている。瀬切川左岸には、大川林道本線と12支線が東西方向に3回横切っていることも、調査域の特徴である。林道近傍は伐採後の細いスギが密生する。近年は、スギ人工林および林道脇の細いスギが間伐され、見晴らしの利くスギ林となっている。大概していえば、北に天然林、南に天然更新林、間に人工林というのが、調査区の森林構成である。瀬切川と大川の分水嶺の南部は、ヒサカキ、オニクロキ、ハイノキなどの天然更新林に特徴的な低木が密生しているが、例年に比べて、1年間によく生長していた印象があり、サルの遊動に影響したかもしれない。


 調査域に現れるニホンザルの群は、識別された2群と、識別できない3集団がある。識別された2群は、それぞれPE群、OM群である。調査期間中、PE群は、一班の1e2f2hを遊動し、OM群は、2c2eと三班の3fを遊動した。また、ほぼ毎日、いずれかの定点で音声が聞かれ、PE群は、2f2hで、OM群は、2cで目視された。PE群は最初の出会いから、人馴れした様子で、林道でのカウントが可能だったが、OM群は調査期間初期にはロストコールがよく聞かれ、林道では脱兎のごとく行動し、あまり人馴れしていなかった。OM群の人馴れ程度は、毎年同様であり、調査日が経つにつれて、林道でも落ち着いた行動を見せるようになった。林道上でのカウントに適した場所は、PE群では、2f定点の東西の谷であり、OM群では、2c西の中村街道および2e北の入口から中村街道までの谷だった。OM群では、2e南から2g西の谷でも例年、カウントができたが、今年は、あまり利用しないようだった。


 識別されていない3集団は、それぞれ、2a2b2gに現れた。ほぼ毎日右岸では1ないし2集団が現れた。2aの集団は、2aの西から南、南東あたりから連続した音声が聞かれた。おもに辻沢沿いに遊動し、3bからも音声が聞かれた。2bの集団は、2bの北から南あたりから連続した音声が聞かれた。おもにウバ南尾根を遊動し、瀬切川沿いまで南下することもあるようだった。2b定点付近を遊動するときに、定点から目視ができたので、右岸で統括者による目視をねらうなら、2bに現れる集団に焦点を定めるとよいかもしれない。2gの集団は、2e南から2g周辺で連続した音声が聞かれた。12支線のそばで数日、数時間断続して音声が聞かれたが、林道では観察できなかった。


 集団の構成は、PE群は1班に述べられたとおりである。OM群はオトナメス5頭、オトナオス4頭、コドモ6頭、アカンボウ0頭で合計15頭だった。2000年から毎年確認されている右手左首の欠落したオトナオスは、今年も確認された。オトナメス2頭は15歳前後と推定され老齢のために、来春の出産がないかもしれない。粗出産率は、0%(0/5)だった。昨年生まれのコドモの生残率は50%(1/2)だった。2005年生まれの2歳児は2頭とも生残しているようだった。OM群では、大川林道本線沿いのカナクギノキ(クスノキ科)で果実食が観察された。


 最後に、OM群のカウントについて付言する。調査期間の前半は、サルに与える影響が大きいようで、なるべく目立たないように行動する必要があるだろう。サルが2e定点近傍を遊動しているときには、定点観察者は注意深く振る舞い、サルが林道を横切るときには、統括者は木陰に隠れるか、林道に座って小さくなって観察すれば、サルの警戒心を大きくしすぎずにカウントの機会が多く取れると推考される。

 

3


 3班の調査域は、以下の3つの地域・植生帯に大別される。(1) 瀬切川右岸のスギ、ハイノキ、ヒサカキ、ヤマグルマなどが多い自然林(3a3b、ただし3bは前期に調査)(2) 瀬切川に沿った自然植生と林道周辺の伐採地がモザイク状に混じる3c3d、そして(3) 伐採跡地が広がる3e3fである。瀬切川左岸の3e3f付近は伐採地のスギ幼樹や人為的な切り株、また潅木林ではハイノキ・ヒサカキが密生して藪を形成している。昨年度までの調査によって3班の調査域内には、瀬切川右岸に2つ、瀬切川左岸にSS(2005年に分裂した旧SY群の一派)が分布していることがわかっている。本年度の調査では瀬切川右岸で少なくとも1つ、瀬切川左岸でSS群とOM群が確認された。


 本年度は3b定点の調査は前期に行われた。加えて統括者も2人であったため、左岸に遊動域を持つ集団の追跡とカウントを優先させ、右岸で統括者が集団を追うことはなかった。但し、3a定点ではほぼ毎日同じルートを利用する集団が観察された(仮に定期便群とする)。統括者が観察したわけではないので定かではないが、昨年3a3b周辺で毎日観察されていた集団と同一のものである可能性が高い。定期便群のカウントは3a定点観察者によって一度だけ行われ、構成はオトナオス5頭以上、オトナメス3頭以上、コドモ1頭、アカンボウ1頭、オトナ不明3頭以上であった。カウントされたのは合計13頭であるが、目視情報からそれ以上に大きい集団であることが予想されるため、2班、4班領域のどちらか、もしくは辻北の上部に遊動域が広がっている可能性が高い。


本年度の調査からは少なくとも1つの集団が瀬切川右岸を利用しているという情報しか得られなかった。また、個体識別もされていないため2班、4班に出ている群れとの関係も不明である。この集団の構成や遊動域を把握するためには集団の追跡および個体識別の機会を増やすことが必要である。


 瀬切川左岸では、一昨年からSS群と命名したSY群由来の分裂群を追跡することができた。7日間の調査期間中、雨のために撤収した1日を除き毎日識別個体を確認し、合計6日間SS群を観察できた。遊動域の西端は3班と4班の境界付近、東端は3d定点付近、南端は3e3f間の悪女街道付近であると考えられ、北端は不明であるが瀬切川右岸を多少なりとも利用していることは確かである。1日に2回程林道を渡ることが多く、林道上に1時間以上とどまった例も数回確認できた。これはSS群をほぼ毎日観察できた最大の理由である。昨年のデータではSS群は3e3f間の狭い範囲のみを遊動しており、資源量の不足が指摘され遊動域の拡大が予想されていたが、その予想通りにSS群は遊動域を北側に拡大し林道と右岸領域を利用するようになったと考えられる。また、林道上で観察する機会に恵まれたため、識別個体を一気に増やすことができた。内訳はオトナオス5個体、オトナメス6個体、コドモ1個体となっており、来年以降の調査ではSS群の確認は容易になると思われる。


 集団構成はオトナオス5頭、オトナメス6頭、コドモ5(うち2個体は1)、アカンボウ2個体であった。子持ち率(粗出産率)33(2/6)となった。幼児死亡率は33(1/3)であった。昨年と比べてオトナオスが2個体増え、子持ち率が低下したため全体では1個体増となった。また、集団を追跡およびカウント中に、明らかに周辺に個体はいないのにも関わらず集団構成個体数よりも観察されている個体数が少ないという状況が散見された。このことから昨年の調査からも示唆されているように集団が非常に広い範囲に分散、もしくはサブグルーピングしている可能性がある。


 3班左岸領域ではSS群の他にOM群も観察することができた。3e東側から3f東側の大曲周辺にかけて出没する集団の存在はかねてから確認されていたが、今回の調査で識別個体の観察に成功し、その集団がOM群であることが確認された。確認された識別個体は右手首のないオトナオスで、その個体を含め、オトナオス3頭、ワカモノオス1頭、ワカモノメス1頭、コドモメス1頭が目視されている。

 

4


 調査域の植生は、瀬切川右岸の4abと、左岸の4cdefとでは異なっていた。右岸は、主に、江戸時代にヤクスギを伐った跡を含む自然植生であり、土砂崩壊跡で天然更新による二次林を見ることができた。一方、左岸は、(1)尾根上に残された自然植生、(2)谷側斜面のスギ人工林、(3)12の境界にある二次林、という3つの植生がモザイク状に存在していた。4班の瀬切川右岸ではSS群と4a定点から平瀬沢付近までを利用する群れの2集団、左岸ではYY群が確認できた。除伐が828日の午前のみ、4c定点の付近で行われた。


 瀬切川右岸では、7日間中5日間、集団を観察することができた。集団が観察できなかった日のうち、1日は悪天候のため、調査時間が6時間に満たなかった。2000年以降、右岸で集団が確認された頻度(情報があった日数/調査した日数)は、4/4(2000)7/9(2001)7/7(2002)6/7(2003)7/7(2004)3/5(2005)6/7(2006)であったことから、平年並みの出現頻度であったと言える。2005年には平年よりも出現頻度が少なかったが、これは2005年だけの変化であると言える。


 一度に目視できた個体は、オトナオス2頭、オトナメス2頭、性別不明のオトナ3頭の計7頭であった。2006年の報告では、オトナオス1頭、オトナメス3頭、ワカモノメス1頭、コドモ1頭、性年齢不明1頭の計7頭であったことから、これまでの指摘どおり、10頭前後の集団であると考えられる。


 例年通り、集団のフルカウントは容易ではなかった。その要因として、(1)集団の個体数が10頭前後と少ない、(2)集団全体を見渡せる場所が少ない、(3)人馴れしておらず、統括者の気配に敏感に反応し逃げていく、などが挙げられる。調査期間の前半は統括者を2名に増員し、集団のフルカウントを目指したが、思うように成果が挙がらなかった。そのため、調査期間の後半は統括者を1名に減らし、瀬切川左岸のYY群のフルカウントに備えた。今年、集団をカウントできたのは4a定点と統括者1名であった。このことから、統括者の増員がカウントの効率を大幅に上げるとは言いがたいことが明らかになった。人馴れしていない集団の場合、統括者の増員は群れの遊動を妨げたり、集団のまとまりを乱したりする危険性が高くなるためかもしれない。集団のフルカウントを達成するためには、2006年の報告でも指摘された通り、調査方法を大幅に見直す必要があるだろう。


 今年の一番の成果は、集団とSS群が3班と4班を分割する平瀬沢を遊動域の境界とすることが明らかになったことである。集団が主として、4a定点の北から4b定点付近を通り、平瀬沢まで移動することが明らかになった。SS群が観察できたのは、7日間中1日間であった。


 瀬切川左岸では、7日間中5日間、YY群を確認することができた。2000年以降の集団の出現状況は次の通りである。2000年から2002年まではSY群が3f定点から4e定点までを利用していた。2004年から2005年にかけてSY群はSS群とYY群に分裂したと考えられる。両群は3班と4班を分割する尾根を遊動域の境界としており、2006年の4班ではSS群とYY群がそれぞれ観察できた。今年は、4班ではSS群を観察できなかった。このことから、SS群の遊動域が3班に、YY群の遊動域が4班と5班に定着してきたことが読み取れる。


 YY群は、スギ人工林をあまり通らず、尾根に連なる天然林および二次林を通過する傾向があった。北上する場合は、4班調査域の南に広がる急斜面付近から、4e定点をかすめたり、4e定点と4f定点の間を通ったりして、瀬切川付近まで移動した。南下する場合は、4d定点付近から、4f定点をかすめたり、4f定点の東を通ったりして、南の急斜面へ移動した。4eの西端の林道付近も利用していた。2006年には、4班の水場(4eメッシュ内の林道の最南端)付近の沢を登り、悪女街道を西へ移動することが報告されていたが、今年はそのルートの利用を確認することはできなかった。


 2006年に報告されていたサブグルーピングの頻発が、今年も確認された。サブグループはクーコールをほとんど出さず、メスが含まれない場合も少なくなかった。サブグルーピングは主として、4c定点と4d定点の間の瀬切川付近でみられ、4eの北西の林道付近でみられることもあった。2006年とは異なり、頻繁かつ小さくない声でクーコールを出すことが少なくなったのは、分裂の兆候であるか、そうでなければYY群の遊動ルートが固定化したために、声を出す必要性が低くなったのであろう。2005年の報告で、YY群は10頭前後になったのではないかと指摘されていたことから、サブグルーピングはこの頃から頻発していたのかもしれない。


 2006年には、4fメッシュの南西に位置するピークで、(必ずしもYY群とは限らない)集団が頻繁に確認されていた。この集団が今年も確認されたが、YY群かどうかの確証は得られなかった。今後は、YY群の識別個体を増やすと共に、2006年にも指摘されていた通り、このピークで待ち伏せすることで、調査の効率化を図ることができるだろう。

 

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 調査地は全調査域の最西端にあたり、瀬切川左岸から分水嶺に位置する4メッシュである。植林後25年以上経過した胸高直径30cmを越えるスギ林の林床、林道脇にイスノキ、ウラジロガシなどの照葉樹、ハイノキ、ヒサカキなどの落葉樹が、まばらな林床低木層を構成している。除伐が830日の午後のみ、5d定点の付近で行われた。

 5班ではYY群と瀬切川の底から5a5b定点付近までを利用する群れの2群が確認できた。

 YY群が5班の調査域内に出現したのは、7日間の調査中4回である。そのすべての日において、5d定点もしくはその東に出現し、その後そのまま東に抜けていくか、5c-5d間の林道に出てきて、林道付近で東に引き返すという遊動パターンであった。そのため、5班の調査域を通る林道が、ほぼ彼らの遊動域の西端になっているものと考えられる。群れの構成はオトナオス3頭、オトナメス7頭、コドモ6頭、アカンボウ2頭、合計18頭である。子持ち率(粗出産率)29%(2/7)である。昨年の構成と比較して、オトナメスの数には変化がないが、3-4歳の個体が1頭増え、昨年生まれた4頭のアカンボウのうち、2頭は消失していた。幼児死亡率は50%(2/4)である。

 瀬切川底の群れの遊動パターンは、2001年、2002年に識別されたBR群と類似している。ただし、林道付近に出てくることはなく、828日に5aで定点調査者により確認された以外は、直接観察の記録はなく、構成は不明である。BR群はたいへん人を恐れる群れだったとされているが、直接観察されていないので、現在の状況はわからない。万里の長城に糞が落ちていることがあり、林道にまで上がってくることがまれにはあるのかもしれない。

 

シカの音声の聞こえた頻度

 音声と目撃の両方を含めたシカの発見頻度の95%信頼区間は、(1.38±0.54)×10-2/10分、最大は4a6.71×10-2/10分、最小は0/10分である。図Cに植生ごとの発見頻度の違いを示した。発見頻度は自然林でもっとも大きく、人工更新1でもっとも小さくなったが、その違いは大きなものではない。なお、2004年、2005年には、発見頻度は自然林>天然更新地>人工更新地の順であり、2006年のみ、人工更新地>自然林>天然更新地の順であった。シカの音声の聞こえる頻度は、年によってあまり一定していないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

C シカの発見頻度。y軸の単位は回/10分。平均+標準偏差を示す。

ヒトリザルの発見頻度

 単独行動のオトナオスまたはワカモノオスを目撃したヒトリザルの発見頻度の95%信頼区間は、(1.74±1.04)×10-3/10分、最大は2h1.29×10-2/10分、最小は0/10分である。図Dに植生ごとの発見頻度の違いを2007年は図Dに、2003年から2007年までは図Eに示した。今年だけの結果と、2003年から2007年すべての年の結果をあわせた結果は、必ずしも一致しない。ニホンザルの集団密度の植生による変化は、年によって傾向に一貫性があるのに対し、単独生活を送るヒトリザル(やシカ)の密度は、年によって変動が大きいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

D ヒトリザルの発見頻度(2007)y軸の単位は回/10分。平均+標準偏差を示す。

E ヒトリザルの発見頻度(2003-2007)y軸の単位は回/10分。平均+標準偏差を示す。

 

果実生産量

 各植生の帯の果実生産量を図Fに示した。果実生産量は天然更新1で最大で、天然更新2、自然林がそれに次ぐ。人工更新地では果実生産が見られなかった。これは、過去の年の調査と同様の傾向である。

 

F 果実生産量の植生による違い。平均+標準偏差を示す。

謝辞

 この調査を行うにあたって、屋久島森林環境保全センターには、調査を許可していただきました。屋久町栗生青少年旅行村には、宿泊地の提供に便宜を図っていただきました。屋久島環境文化財団には、講習会場を無料で提供していただきました。西川真理氏には、事前実習の講師を引き受けていただきました。高畑由起夫氏には、双眼鏡とトランシーバーを貸していただきました。横田高士氏には、ピンクの布を購入していただきました。菅谷周二氏には、コンロを共同装備に貸していただきました。ほかにも、調査の準備段階で、多くの調査隊OBOGの方にも御支援を頂きました。厚くお礼を申し上げます。